〈1〉家族共同体の生活維持を目的とする経済主体。
〈2〉生産主体としての企業に対応する消費主体。
〈3〉政府、企業と並び国民経済を構成する経済主体。
〈4〉商品の消費者であり、かつ労働力の生産者。
〈5〉商品の消費者であり、かつ生産要素の提供者。
〈6〉経済問題を巡る調整緩衝機能を担う経済主体。
〈7〉経済系と文化系の媒介者。
〈8〉商品と家事労働が出会う消費部門を担う経済主体。
〈9〉市場原理の対極をなす性差統合の実践場所。
〈10〉利益社会の対極をなす共同社会の実践場所。
[説明]
(1)家族共同体の生活維持のために家庭管理が要請される。家庭管理の経済的面を司る経済主体を家計と呼ぶ。上記〈1〉は誰にも感覚的に理解でき、特別の説明を要しない。英語のhouseholdを直訳すれば家庭保持となり、holdには”掴んでその状態を続かせる”という意味がある。一方、英語で経済を意味するeconomyの語源はギリシア語のoikonomiaに由来する。oikoはhouseに、nomiaはmanagementに対応するので、経済とは家計あるいは家政と同義になる。
この用語法上の背景は、経済系を生命系と対応させる電脳経済学の視点から意味深長である。つまり、経済はヒトという生物種に固有の生活様式とみる。生命系は永続性を唯一の存在目的として種族保存の法則と個体保存の法則に支配される。したがって、人間の場合も家族共同体における生活維持が生存並びに経済の出発点であり、かつ到達点となる。要諦は次の点にある。経済の実体は家計が展開された姿である。
(2)経済過程における家計の位置づけは、市場経済の仕組みに示す通りである。上記〈2〉〜〈5〉はこの立場から家計を説明している。市場経済の仕組みにおいて生産用役は生産要素あるいは生産の3要素ともいわれる。土地、労働、資本がそれに相当する。土地と労働は生産された生産手段ではないので本源的生産要素と呼ばれる。土地は、家計によって提供される論拠がないので代謝モデルでは政府が資源として提供するとした。市場経済の仕組み(で対応関係を示す。)に経済主体としての政府を追加して、家計の位置づけを図065に示す。
上記〈6〉は世帯主が失業したら配偶者がパートタイムで働くとか、家庭料理はシャドーワークで国民所得に計上されないがレストランで食べれば国民経済に寄与する類を指す。家計部門に見られるこの曖昧さは「家計の境界問題」と呼ばれる。詳細は参考文献を参照されたい。
図ka4 市場経済の仕組みにおける家計の位置づけ |
(3)上記〈7〉〜〈10〉は電脳経済学あるいは代謝モデルにおける家計の考え方である。経済系の目的は情報蓄積にあり、それは文化向上あるいは社会進化を意味する。家計に投入される家事労働は経済系と文化系をつなぐインターフェイスの役割を果たす。消費者主権あるいは消費文化の言葉がこれを表している。さらに家計は、消費のみならず貯蓄や投資の形で金融市場への積極的な関与が認められ国民経済に大きな影響を及ぼしている。経済主体としての家計の重要性は、経済過程の全局面を通して強調し過ぎることはない。なお、家計と企業を結ぶ資本用役(貯蓄・投資・金融市場など)についてはケインズ理論およびケインズ理論の基本構造で取り扱っている。
[参考文献]
1.『家庭の経済』 坂井素思 放送大学教育振興会 1992年3月20日発行 pp19-26