C6−1:電脳経済学と「複雑系」は、どのように関連するのですか。
R6−1:近年「複雑系」の考え方が注目されています。しかしその捉え方は人によって幅があり、実体的内容もいま一つはっきりしません。この意味ですべてはこれからと言う流動的な状況にあり、その行方をさらに見定める必要がありそうです。それはそれとして、最初にその発祥の地であるサンタフェ研究所のブライアン・アーサー教授による定義を引用します。
「多くの要素があり、その要素が互いに干渉し、何らかのパターンを形成したり、予想外の性質を示す。そして、そのパターンは各要素そのものにフィードバックする。」
アーサー教授によれば、したがって経済それ自体も複雑系をなしている。しかも経済における要素は「知的」であり、人間を含む系であるゆえにそこには戦略と予測がある。自然現象と比較するとき、経済現象はこのように二重の意味において複雑系の対象としての要件を備えている。
そしてハイテク産業に見られる「収穫逓増の法則」が具体的な事例として提示されます。ここで言う「収穫逓増の法則」は「収穫逓減の法則」に対する反語であり、それは従来の経済学の拠り所であった「稀少性」や「限界効用原理」の否定を意味します。ちなみに、電脳経済学では価値源泉を情報集約としていますので複雑系の主張と一致しています。
これが複雑系の粗筋ですが、これは次のような背景のもとに形成されました。
●従来の物性物理学では、原子や分子から構成される比較的単純な物質を中心に研究が進められてきた。
●しかし計算機能力の飛躍的向上や新しい実験技術の開発に応じて、それまで理論の域にとどまっていたカオス、フラクタル、ファージー、カタストロフィーなどに代表される複雑な系が記述・表現できるようになってきた。
●これらは基本的に系の非線形性に起因するもので、その最も顕著な事例は生命系や意識作用に見られる。免疫系、遺伝系、生態系、生命発生、生物進化を巡る知見が広がるにつれて、生命現象の再現つまり人工生命が射程圏内になってきた。
●なお、複雑系を広義に捉えればこれまでの科学では対象外とされてきた領域(例えば超常現象など)についても科学の言葉で説明を試みるものでこの文脈においてニューサイエンスと重なりあっている。これはまた、原因と結果の関係を要素に還元して解明する従来の閉鎖系の方法から、相互作用・相互浸透の働きや仕組みに着目する開放系の方法への移行とも言える。
これらを踏まえたうえで次に本題である電脳経済学との関連について述べます。
結論的に申して答えは簡単です。図ct06複雑系と電脳経済学において電脳経済学は青色の部分を、複雑系は赤色の部分を対象としています。つまり複雑系は現象面(水平面)を統合的に記述しようとするものであり、一方電脳経済学はa51電脳経済学の概観に示すように現象面から垂直方向に本質へ向けてを掘り下げて四つの学問領域を通底関係
の文脈から捉える立場をとります。展開方向を水平にとるか鉛直にとるかに両者の違いがあります。これは空間と時間の関係あるいは方法と目的の関係と言い換えることも出来ます。
複雑系が空間的な相互関係から現象を捉えようとするのに対して電脳経済学では時間的な因果関係に注目します。そして究極的な本質をビッグバーン時の「情報爆発」に求めます。これは現代版[予定調和説」(ライプニッツのモナド論に近い)といえますが、この点に関してはbi1情報ビッグバーンを参照願います。
ここで言う掘り下げをマルクスは下向法(電脳経済学の概観左欄参照)と呼んでいます。それを図ct06左端に下向き矢印で示しています。同様に右端の上向き矢印は上向法に相当します。 マルクスは現実面をめぐってこれを繰り返し検証する必要性を説いています。ここで注意すべきは通底関係を図ct06のレベルで捉えるか、中心点まで掘り下げるかの違いです。中心点の本質に達すれば論理的にはすべての現象を説明可能となりますが、一方で本質とは玉ねぎの皮つまり属性を剥ぎ取った状態を指しますから、そこには何も存在しないことになります。そうなると無から有が発生するのか?上述のbi1情報ビッグバーンと絡み永遠の宿題として残ります。
電脳経済学では本質の中心点にとりあえずe24梵我一如の考え方を据えています。人間の解放が究極的な人生目的だとする主張です。一方、複雑系は現象の記述方法を巡る学際的な取り組みを指すものです。したがって、複雑系も本質論や目的論との関係が論議される段階に至れば同心円的に梵我一如の考え方に収束して行くものと思われます。これも広い意味では弁証法と言えるでしょう。なおe22目的論と方法論は図ct06の扇形部分を時間的に反転して表現したものです。