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(当初掲載日:2003年01月17日 )(一部補足日:2003年01月19日

C19-1: はじめまして。 カリフォルニア州と東京の間を往来している環境・食品関係の米国籍ベンチャー企業家です。環境関係の文献を検索していて電脳経済学のサイトに辿りつきました。経済学の拡張として、エントロピー処理過程を内部化させるとは魅力的な着想ですね。UCバークレーのノーガード教授は経済学的な考え方が環境に関する政策決定の下敷きになっている事例を克明に検証されていますが、私もそれを踏まえて健康食品に関するマーケティング・コンセプトの方向性について研究を進めています。詳細は私(コメンテーター)のサイトに掲載しています。

C19-2:理科系の学生です。「熱力学第2法則」に関する課題に取り組んでいます。文献だけではなくインターネットのサイトを検索してメールで照会しながら調査しています。電脳経済学における熱力学第2法則に法則を要約した次の記述があります。

ここに書いてある「不可能性の証明」についてもう少し具体的に教えてください。何が不可能なのかが不明です。


R19-1: 電脳経済学HPをご訪問いただき、かつそのコンテキストに対して的確なご理解をいただき厚くお礼申し上げます。貴HPも拝見しました。現代経済社会の最先端を切り開くベンチャー・ビジネスの分野でご活躍されご同慶の限りです。 環境や生態系に関しては地球規模で 議論百出(controversial) の状況にありますが、エントロピー概念への理解なしに環境を巡る議論は収束しないとするのが私の見解です。

この文脈から経済学 を拡張して、エントロピー処理過程を内部化させる着想は、まさに電脳経済学結論の端的 な表現と言えます。この背景については「ごあいさつ」でも踏み込んで触れていますのでご参照ください。

R19-2: ご指摘のとおり「不可能性の証明」だけでは言葉が足りないかも知れません。しかし、ここでの対象範囲は熱力学第2法則ですので、それに反する事象は不可能だという意味です。具体的にはb20熱力学第2法則 のページで枠内に示した次の言明を指します。

熱力学第2法則

(1) クラウジウスによる表現:

  • 熱が高温物体から低温物体へ移る現象は不可逆である。

  • 熱を低温物体から高温物体へ移し、それ以外に何の変化も残さないようにすることは不可能である。

(2) トムソンによる表現:

  • 仕事が熱に変わる現象は不可逆である。

  • 一つの熱源から熱を吸収し、これを全部仕事に変えて、それ以外に何の変化も残さずに周期的に動く機関は存在しない。

(3) プランクによる表現:

  • 摩擦により熱が発生する現象は不可逆である。

例えば「不可逆」という表現は「可逆にすることは不可能だ」と読み替え可能です。ここから第2種永久機関の不可能性(トムソンの原理)や老化・劣化の進行阻止の不可能性、さらには時間逆行の不可能性などが導かれます。

次に具体的な事例を示します。大気中の熱(heat)を集めてエネルギー資源として利用することは「不可能」です。なぜなら大気自体が地球表面の低温熱源をなすからです。つまり、大気は地球表面を高温熱源とし一方で宇宙空間を低温熱源とする天然のエントロピー(廃熱)処理装置にほかなりません。さらに付け加えれば、大気を含む地球は太陽を高温熱源とし宇宙空間を低音熱源とする開放定常系熱機関と言えます。このことは図b10太陽エネルギーの流れに示すとおりです。
しかし地球上の熱(termal energy)の分布は一様でなく、それは大気温度差→大気密度差→気圧差→風の発生→風力発電の形で局所的には有効エネルギーに変換が「可能」です。両者の差は対象空間のとり方によるものです。なお日本語の「熱」は、英語では無効な熱の場合はheat、有効な熱の場合はthrmo-として区別されます。この事例を通して、熱力学に由来するエントロピー概念が生命系の存続そのものに深く係わっている事実を強調したいと思います。

この「不可能性の証明」の用語はb14熱力学第1法則最下段落の表現を受けたものです。つまり熱力学第1法則のみでは熱現象を説明することは「不可能」だから熱力学第2法則が要請される。したがって熱力学第2法則に反する現象は「不可能」であるという論法です。一般的に法則や原理の適用範囲には十全の注意を要します。ここでは「永久機関の不可能性を証明している」とすれば学校秀才的な無難な解答ですが、それでは現実社会でのさまざまな課題に対応することは出来ません。ぶっきらぼうにも「不可能性の証明」とし 、あえて拡張して適用した理由はここにあります。

ナポレオンは「余の辞書に『不可能』という言葉はない」と言い放ちましたが、それではどうしてセント‐ヘレナ島に流刑されたのか?ここでは政治や人事の話ではありません。物理法則を深く理解すれば、それを広く適用できるし解釈に幅も出てくる。これが文面の趣旨です。具体的な問題状況に応じて適用してみてください。基礎ができていないと応用はききません。そのときは再び基礎に立ち返る。この繰り返しを通して真理の世界に到達できる、とされています。

[参考文献]
(1) 物理の考え方3 『熱・統計力学の考え方』  砂川 重信 岩波書店
(2) 物理入門コース7 『熱・統計力学』 戸田 盛和 岩波書店