電脳経済学v3> c経済系1> c35
ケインズ理論の基本構造
(一部修正:2004年09月22日 )(一部修正:2005年02月23日
)(一部修正:2006年10月06日
)
図c35 ケインズ理論の基本構造 [出所:下記参考資料から再構成] |
c35-1 時代の要請としての『一般理論』
先ずケインズ経済学を巡る歴史的背景を概観すれば次のようになります。1929年にウオール街の株式暴落に端を発した世界恐慌は、その後全世界に波及し、物価の下落、生産や貿易の停滞、銀行や企業の倒産、労働者の失業という未曾有の事態を招き深刻な政治社会問題をもたらしました。この資本主義経済体制の全般的な危機状況のまえに、自由放任を基本とするそれまでの経済学の体系は根本的な再検討を迫られることとなりました。このような時代状況のもとでケインズは1936年に有効需要と流動性選好の概念を中心に据えた新学説
『雇用・利子および貨幣の一般理論』を発表しました。こうしてケインズは古典派以来の自由放任主義の経済に代わって国家の経済への積極的介入をはかる修正資本主義に理論的根拠を与えました。
c35-2 ケインズ理論の展開と限界
ケインズ理論そのものは1930年代の大不況という歴史的背景のもとでの大量失業の原因究明という性格から短期静態論と呼ばれる伝統の域にとどまっていました。したがってケインズ理論の長期動態化を巡るいくつかの課題は後の経済学者にゆだねられることになりました。この意味で『一般理論』は問題提起の書ともいえます。それは大きく次の三つの発展方向にまとめることが出来ます。これらはそれぞれケインズ理論の異なる側面を表現していて、(1)はフローを(2)はストックを(3)は情報処理系を指しています。
(1) サムエルソン、ヒックスによる所得分配論・景気循環論への発展
(2) ハロッド、ドーマーによる資本蓄積論・経済成長論への展開
(3) トービン、クラインの貢献で知られる計量経済モデルによる経済予測への進展
一方、ケインズ理論も発表から70年近くが経過した昨今では、市場経済の地球規模化、一国資本主義の限界、社会資本投資の再評価、地球公共財のあり方、環境生態系への対応などの面でその有効性の陰りが指摘されてきました。
c35-3 セー法則の反転としてのケインズ革命
ケインズ経済学はその思想性を巡ってしばしばケインズ革命と言われます。それはセー法則の否定によってそれまでの経済学の基本命題を塗り変えたことを指します。セー法則は別名「販路法則」とも呼ばれ「供給はそれ自身の需要をつくる」とするものです。貨幣はたんに交換の媒介手段であるので販売はその反面において購買である。したがって社会全体としては生産物の総供給は恒常的に総需要に等しい。その結果として部分的な過剰生産はあっても一般的な過剰生産はあり得ない。そこには商品はつくれば売れると言う不足の時代の前提があります。しかし現実には売れ残りとか不況が発生しますのでセー法則が成り立たないことは明らかです。つまりそれまでの経済学はケネーやマルサスなどを別とすれば生産系ないし供給側に立脚した経済学であり、消費系や需要側からの影響などの経済過程全般を視野に収めたものではありませんでした。《供給は需要を創り出す》とするセー法則を反転してケインズは《需要は供給を創り出す》としました。これは「有効需要の原理」と呼ばれ「必要は発明の母」の発想であり今日の「消費者主権」の思想につながります。需要と供給の関係は均衡や価格の文脈よりもむしろ目的と方法の対応関係から捉えられるべきでケインズは経済現象の目的連鎖に着目したといえます。
c35-4 ケインズの着眼点と接近法
大不況という現実問題に取り組むに際してケインズは非自発的失業の存在に着目して不完全雇用下における均衡の成立を論証しました。ケインズによれば次のようになります。消費と投資からなる有効需要の大きさが雇用水準を決定するのであり、国民所得は消費と貯蓄に振り分けられて行くが貯蓄と投資は利子率によって均等化するのではなく利子率は流動性を手放すことに対する報酬である。したがって投資と等しい貯蓄が形成されるような所得水準と雇用水準が決定される。これが不完全雇用下における均衡の成立の筋書であります。それ故に、完全雇用の水準を実現するためには金融政策並びに財政政策による有効需要の創出や調整が必要である。これを短く言えばケインズは従来の発想を反転して「需要が供給をつくる」とし貯蓄と投資を結び付ける要因を流動性選好に求めました。なお有効需要とは信用に裏打ちされた需要を意味し漫然とした欲望と区別します。
c35-5 経済学を巡る根本問題
上述の経緯に補足的な説明を付け加えます。ケインズは考えました。それまでの価格決定機構を基本とする経済理論は論理的に無矛盾なのに現実的に妥当性を欠くのは何故だろうか。彼の問題意識の根底には資本主義経済の自律性に対する疑問がありました。それは経済恐慌が発生し巷に失業者が溢れている現実を当時の経済学が説明し得ないディレンマを意味します。個別の事象としてはセー法則も価格決定機構も正しいけど社会全体としては問題が生じる。これはミクロとマクロの「合成誤謬性」あるいは「集計問題」と呼ばれます。ミクロを企業/家計としマクロを政府とすれば政府がこのギャップを政策的に調整すれば集計問題は解消に向うはずだ。この理論を構築して実施体制を整えたのが修正資本主義といえます。
しかしケインズ理論にも問題は残りました。それはマクロ経済とは政府レベルではなく地球レベルではないか。価格理論は瞬間投入瞬間産出が前提となり時間・空間・主体の概念が欠落していて現実を説明していない。このほかにもc30-2に示すようにケインズ経済学を巡る幾つかの根本問題が指摘できます。情報技術の進展によりミクロとマクロの統合を巡る計量的な問題は展望が開けてきましたが、その前に経済過程の基本構造が定立される必要があります。
35-6 参考資料
(1) 図説経済学体系1 『経済学』 戸田 武雄監修 学文社 p178
(2) 岩波新書B72
『ケインズ』 伊東
光晴 岩波書店 p146
(3) 有斐閣新書 『ケインズ一般理論入門』 浅野 栄一 有斐閣 p147
(4) 『J・M・ケインズの経済学』 D・ディラード著 岡本
好弘訳 東洋経済新報社 p64
(5) 『地球公共財』グローバル時代の新しい課題 インゲ・カール イザベル・グルンベルグ マーク・A・スターン|編 FASID国際開発研究センター|訳 日本経済新聞社
(6) 『GLOBAL PUBLIC GOODS』 I NTERNATIONAL COOPERATION
IN THE 21ST CENTURY EDITED BY INGE KAUL ISABELLE
GRUNDBERG MARC A. STERN -PUBLISHED FOR UNDP- OXFORD
UNIVERSITY PRESS 1999