電脳経済学v3> f用語集> bu2 文脈依存性 (context-dependency) (2004年01月29日作成)(2005年03月17日bu2-4追加)
bu2-1:用語の出現場所
「文脈依存性」はまだ定着した用語ではありません。しかし電脳経済学v3では《文脈依存性は人間意識中心の時代展望を表す鍵概念》と考えて積極的に取り上げています。文脈依存性の用語は雑誌・論文・Web
Pageではしばしば見受けられますが用語辞典に限れば次の2箇所に見られるだけです。
(1)『岩波哲学・思想事典』p801「新科学哲学」の用語説明の中で、(前略)「従来の科学哲学が科学理論を形式的記号体系と見なし、その論理的分析に専念したのに対し、新科学哲学は概念の「文脈依存性」を強調し、科学理論の歴史的・社会的分析を重視する。一般に相対主義的、多元主義的、反実在論的傾向が強い。(後略)
(2)『現代用語の基礎知識2004』医療・健康、心理学p1031『記憶の状態依存性』(前略)特有の生理的・心理的な状態と想起とが密接に関連していることを記憶の状態依存性とよぶ。気分に一致する情報がよく記憶される気分一致効果はよく知られている。また「文脈依存記憶」(context-dependency)もこれに似ている。(後略)
bu2-2:文脈(context)とは何か
文脈はcontextの訳語であります。contextとは『Webster New World Thesaurus』によれば次のようになります。
[同義語]connecton, text, substance
[参照]meaning
meaningについての説明は省略しますが、textは原文、本文、主題を意味します。教科書や教材の意味はここから派生したものです。ここではcontextとはmeaningに近い意味だと理解して先に進みます。ちなみにcontextの訳語としては文脈のほかに前後関係、情況、周辺情況、背景さらには文章構造、構成、織り合わせる、などの意味もあります。次に電脳経済学で用いている文脈依存性の意想について述べます。
bu2-3:文脈依存性に込める意想
先に述べた『新科学哲学』の用語はトーマス・クーンによって提示されたパラダイムシフトが出発点になっています。一方の『記憶の状態依存性』ではこれに類似した概念として「文脈依存記憶」が紹介されています。前者は歴史、哲学、科学が主題であり、後者は生理、心理、記憶が主題となっています。両者を括り出すと「意識形成過程」あるいは「記憶履歴」という概念領域に遭遇します。
先に述べたように「文脈依存性」は人間意識中心の時代展望を表す鍵概念と捉えます。これは「主体的な解釈能力の総和が時代を決めてゆく」ともいえます。電脳経済学ではこの経済体制を「協議経済」と呼んでいます。なおここは社会体制/協議社会と呼んでも同義となります。ユビキタス時代を迎えて事実やデータはどしどし公開され、情報やソフトへのアクセスもますます容易になります。その意味で自由社会はすでに実現していて平等社会もまた射程圏内に収まっています。これからの問題はそれら情報を用いて、いかに本来の目的を達成するかにかかっています。そのためにはまず明確な目標設定が求められます。話題のマニフェストもこの文脈から捉えることができます。
先のトーマス・クーン、相対論、量子論、統一理論、ゲーデル、ウィトゲンシュタインなどの到達点はこの「文脈依存性」において一致しています。同じことが現代心理学、脳科学、コンピュータ技術、建築設計思想などについてもいえます。ここでいう文脈依存性とはまた自己実現、人生の意味や個性化につながるもので、平たくいえば「何をしにこの世に現われたか」をめぐる各自の自問自答と実現過程を指します。さらなる詳細は「目的論と方法論」および「梵我一如」のページを参照願います。文脈依存性のイメージ表現は図e22-1/図e22-2に赤色矢印としてより具体的に示しています。
現代社会が抱える各種の社会問題は文脈依存性の含意把握にかかっています。私たちは「何が正しいか」の論議に集中するあまり、新たな紛争の種を蒔いていないでしょうか。強い者や富める者が正しい時代はすでに過ぎ去りました。いまや「納得」の時代です。「どうしてそうなったのか」「当事者はどうしたいのか」に耳を傾けて説得しない限り前へは進めません。人間の意識を力や金で動かすことは出来ません。文脈依存性にはこのような意味が込められています。
養老孟司教授の近著『バカの壁』([参考文献]3)は、まさにこの文脈依存性について平明に説かれています。バカとは記憶が固定している状態さらには記憶や事実さえも変えてしまう固執を指します。思想・哲学・宗教・科学すべて同じです。誤解を避けるために申しますと、善悪・真偽には答えがないので「ある入力条件のもとで、しかるべき結果になる」因果関係並びにその検証作業が中心課題になるという主張です。表b52-1変換系における投入・産出関係やd45応答問題もまた文脈依存性の表現事例といえます。
蛇足ながら人類科学史を辿ると天文学から脳科学へと遠くから近くへのロードマップを描くことができ、それに対応して人類の活動範囲は近くからより遠くへと広がりを見せています。つまり認識論的「内展開」と存在論的「外展開」が均衡的に展開しています。
bu2-4:「文脈」の日常用語化
これまで哲学や心理といった難いイメージで文脈依存性という用語を紹介してきました。私の経験からいえば”context”は外国人との会話ではしばしば現れますが、日本人との会話で「文脈」というと変な顔つきをされます。つい先ごろまで”concept”や”contents”がそうでした。翻訳文化の悲しさで外来語が日常化されるには時間がかかるからと諦めていた矢先に[参考文献]4の「文脈力」という新語に遭遇しました。両者の論旨は一致しますので「文脈」の文意に関心のある方にご一読をお勧めいたします。
「文脈」はまた「見当識」や「意識」の別な表現でもあります。この文脈を辿ると「人間とは判断する動物」といえます。これはまた時空認識を指しGISの世界に繋がって行きます。
[参考文献]
1.『岩波哲学・思想辞典』 岩波書店 1998年3月18日発行 p801 「新科学哲学」
2.『現代用語の基礎知識2004』 自由国民社 2004年1月1日発行 p1031 「記憶の状態依存性」
3.新潮新書003 『バカの壁』 養老 孟司 新潮社 2003年4月10日発行
4.『「頭がいい」とは、文脈力である。』 齋藤 孝 角川書店 平成16年12月20日発行