電脳経済学v5> f用語集> ntz ニーチェ (v5) (当初作成:2008年09月04日)(一部追加4.(4):2008年09月11日)(一部追加4.(5):2010年08月30日)
1.梗 概
(1)フリードリヒ・ニーチェ (Friedrich Wilhelm Nietzsche:
1844.10.15-1900.8.25)
(2)ドイツの哲学者・古典文献学者・思想家。芸術の哲学的考察から出発してギリシア古典学並びに東洋思想にも深い関心を示し近代文明の批判と超克を図る。生の哲学の先駆としてその影響は実存主義やポスト構造主義などの現代哲学から複雑系やオリエンタリズムにも及ぶ。さらには熱力学や生態系などの今日的な諸問題とも通底関係にある。日本には高山樗牛により紹介された。マルクス、ニーチェ、フロイトは「現代思想の三統領」とされる。
(3)ニーチェ思想は「ニヒリズム」(虚無主義)に基づいて既存価値体系を「奴隷道徳」として全面否定して「神の死」を宣告した。
(4)「ルサンチマン」(ressentiment:フランス語)は弱者が強者に対して抱く恨み・妬み・憎しみなどの感情が抑圧された心理状態を指し「奴隷道徳」の源泉をなす。ニヒリズムはこれの克服を第一義的な狙いとする。
(5)「眺望固定病」(経験的パースペクティズム)は大衆民主主義に与えられた病名。
(6)「力への意志」は社会現象を相互関係/多体問題として捉える見方。
(7)「永遠回帰」説(永劫回帰説)は(6)(8)の実現態としての時空消滅状態。
(8)「超人」は「人の生」/「生の哲学」を理想化した人格表現。
2.用語説明
蛮勇をふるってニーチェ哲学を整理すれば上記梗概の通りとなる。ニーチェ独特の用語法について説明を加える。上段は下記5.参考資料を出所とし、下段⇒は筆者の解釈/見解を示す。
@
ニヒリズム(虚無主義):ツルゲーネフの小説「父と子」から広まった語で
(1)伝統的な既成の秩序や価値を否定し生存は無意味とする態度。無意味な生存に安住する逃避的な傾向と既成の文化や制度を破壊しようとする反抗的な傾向とがある。(2)真理や道徳的価値の客観的根拠を認めない立場で虚無主義ともいう。古くは老荘思想、仏教の空観、近代ではキルケゴール、ニーチェ、20世紀ではシェストフなど。
⇒真理は存在しないとする主張。⇒この否定構図からどのような哲学的問題提起が可能か。
A
君主道徳:貴族主義的規範意識に基づく強者の道徳。生の充実感にみち自己肯定に主導された道徳。主人道徳。⇔奴隷道徳
B
奴隷道徳:キリスト教的倫理思想に根ざす弱者の道徳。同情、博愛、謙虚、宥和などは弱者による自己防衛・自己正当化のための道徳。これらの価値や規範はルサンチマンから発生。⇔君主道徳
C
ルサンチマン:弱者による強者に対する怨念・嫉妬・復讐心などの屈折した感情や劣等意識が鬱積した精神状態。弱者と強者の関係は相対的かつ変動的。ニーチェはこれを奴隷道徳の源泉と考え克服の対象とした。
⇒フロイトによるリビドー/イド/エスはさらに生命系の根元にまで遡及。⇒四法印の一切皆苦は苦しみの発生原因を巡る本質的な捉え方。⇒前記を普遍化すれば熱力学における摩擦による熱の発生機序に対応。
D神の死:善悪の根拠となるイデアや神の否定。既存価値体系の否定と同義。神は死んだ、ともいう。
⇒奴隷道徳、眺望固定病、二世界説を否定した結果としての無記領域。その次に力への意志、永遠回帰説、超人などの肯定的領域が展開される。⇒「神の死」から「人の生」「生の哲学」への帰結は必然命題。
E眺望固定病(経験的パースペクティズム):自分自身を尺度として自分の支配に好都合な価値をあたかも普遍的かつ客観的な認識根拠として世界に投影した錯誤的な意識状態。一瞬の現出による錯覚を固定化し思考習慣とする意識性向。
⇒群盲象で例示される人間の思い違い/思い込み状態は生活習慣病⇒価値観の押し売りから自我形成や認識全般に及ぶ。⇔力への意志
F二世界説(背後世界説):
世界を感覚の対象である有為転変の現象界と知性の対象である無為の真実在界として捉える考え方。プラトンのイデア論に見られる形而上学的な立場並びにキリスト教における全知全能である神の意に沿うことが最高善とする立場は共に後者に相当しニヒリズムはこれを認めない。
⇒つまりニヒリズムは先ず理想を否定しその帰趨として現実も否定する。詳細は4.(1)を参照。
G力への意志:社会的・心理的なさまざまな局面で力がせめぎ合う関係を指し、これに生の展開要因を求める。
⇒物体系相互間に成立する万有引力の法則を意志作用として人間世界に適用した考え方。⇒時空の構造は重力によって決定されるとする相対性理論との対応関係。⇒「権力への意志」は権力志向と誤解されやすい。(力はmightで権力はpower)⇒四法印の諸行無常に対応。
H永遠回帰説(永劫回帰説):同じものが永遠に繰り返し生じること。目的も意味もない永遠の反復を積極的に引き受けるところに生の絶対的肯定を見るニーチェ哲学の根本をなす象徴的表現。
⇒リヒャルト・ワーグナーの『さまよえるオランダ人』の筋書きを彷彿⇒差異が消滅した万物斉同の境地でエントロピー最大状態に相当。変化が尽きた状態では時間も空間も共に消滅。⇒四法印の涅槃静寂に対応。
I超人:一般用語では、普通の人とはかけ離れたすぐれた能力を持つ人。スーパーマン。哲学用語では、人間的可能性を極限まで実現した理想的人間類型。特にこれを「ツァラトゥストラ」で力説したニーチェは人類の意志的進化の目標として超人の育成と産出とを未来に期待した。超人は人類の目標であり人間は克服されるべきもの没落すべき過渡的なものとされる。
⇒ナチズムは優越性の側面を援用。⇒内なる神とすればL.フォイエルバッハになり、神の内部化とすれば自己矛盾に陥る。⇒力への意志を宇宙意識とすれば梵我一如から霊的進化への経路と符合。但しさらなる彫琢が条件。⇒イメージとしては仏陀に相当するがベクトルは丸反対。
3.
ニーチェの位置づけ
e42近代史上の主要人物 思想・文学欄に明らかなようにニーチェはデカルトが没した約200年後にプロシアのレッケンでルター派牧師の長男として生まれた。ニーチェが生きた期間は19世紀後半の近代と呼ばれる時代に相当する。この近代欧州は希望と不安が交錯した時代で1.(2)に挙げた「現代思想の三統領」はこの不安の要因をそれぞれの立場から掘り下げて新機軸を打ち立てた。就中ニーチェは反哲学の立場を貫いて既存の社会秩序を根底から批判しその後の思想界に類をみない衝撃を与えた。
ニーチェは思索領域が広範でアフォリズムの多用もあり難解とされる。ニーチェに対する接近態度としては先入観を取り除いてリセット状態で向き合うか逆に博学多才を貫徹するかの選択となる。彼自身は後者であったけど凡才は前者を選ぶほかない。しかし凡才といえども近年の科学的知見や東洋思想の成果を援用すれば大要把握は可能と考えられる。
哲学はニーチェ/ポストニーチェから何を汲み取り現実問題にどう生かすのか。神をパラメータにすればデカルトとニーチェの違いは明らかである。それでは仏を導入すればどうなるのか。つまり宗教にまで枠組みを広げれば対応可能か。人類学(とりわけ分子人類学)の知見を取り入れて人間自体の再規定が求められるか。それともすでに役割りを終えたとすべきか。もともと閑人の知的遊戯だからと割り切るべきか。
4.結 論
(1) ニーチェ哲学の基本構図:
ニーチェは神を否定し代わりに超人を導入した。それは次の手順によっている。
@ 現実社会における諸問題は「ルサンチマン」に起因しこれは「奴隷道徳」から発生している。
A 「奴隷道徳」の否定は「神の死」を意味する。これは価値や理想の否定と同義になる。
B 一方、現実世界は「力への意志」が作用する現場として肯定的に捉えることが出来る。
C 「神の死」を「力への意志」に置き換えると「人の生」が現れる。
D
ディオニュソスをモデルに「人の生」の具現者として「超人」が導入される。
E 「超人」の境地においてはあらゆる差異が消滅し「永遠回帰」の状態が実現される。
(2) 仏教思想との整合性:
次の置換により原始仏教における四法印との対応関係が見出せる。その理由は基本構図の導出過程における類似性に加えてガンダーラ仏像がアポロ的接近による結果に見えるから。
@
ルサンチマン⇒一切皆苦
A
力への意志⇒諸法非我
B 永遠回帰⇒涅槃静寂
(3) ルサンチマンの今日的な意義:
ニーチェを急遽アップロードした理由は下記による。2008年6月8日(日)に東京の秋葉原で17人が殺傷された「秋葉原無差別殺傷事件」が発生し社会に大きな衝撃を与えた。この事件を取り上げた2008年8月10日(日)のテレビ朝日サンデープロジェクト田原コーナー@において出演者の姜尚中教授がこれは「ルサンチマン」だと発言された。筆者もかねてからこれら社会病理現象は幼少期の心的外傷(トラウマ)に起因する「ルサンチマン」から発生していると確信してきた。誰の場合も人生は幼少期に刻み込まれた人生脚本が展開される姿にほかならない。この心理学的な事実の確認とそれに基づく対応策なしにこの種凶悪事件の連鎖を断ち切ることは出来ない。
(4) 反哲学を巡る総合考察:
@ 哲学を地図に例えるならば現行哲学史は座標系なき写真測量や特性図のアーカイブで
ある。
A
哲学の使命は「座標系の構築」にあるが、哲学は依然として分母なき分子の状態にある。
B
この文脈から「力への意志」は特筆に値するが具体性に欠ける。
C ここで地理情報システム
(GIS)(特に人体GISなど)の考え方は援用可能である。
D
その前に哲学者別レイヤーの整理法について予備的検討が必要となる。
E 個人別レイヤーが本サイトの主張である「一人一世界」構想に対応する。
(5) 『超訳 ニーチェの言葉』:
超訳とは原著にない文章をも加えた訳者独自の解釈を意味する新語である。本書はニーチェの思想を232の語句に整理して説明を加える形式となっている。送り手の思想は受け手の理解が前提となるので直訳や逐語訳では理解が及ばない場合には有効である。
5.参考資料
(1) フリードリヒ・ニーチェ (Wikipedia)
(2) デカルト (用語集)
(3) 哲学 (用語集)
(4) 『広辞苑』第六版 DVD-ROM版 新村 出編 岩波書店
(5)
『岩波哲学・思想事典』 廣松
渉ほか編 岩波書店
(6) 『哲学事典』 林
達夫ほか監修 平凡社
(7) 『ニーチェ』 三島
憲一 岩波新書 黄版 361
(8) 人と思想22 『ニーチェ』 工藤
綏夫 清水書院
(9) 入門哲学者シリーズ1 『ニーチェ』 貫
成人 青灯社
(10) 『原始仏教』 中村元 NHKブックス111
(11) 『超訳 ニーチェの言葉』 フリードリヒ・ニーチェ 白取
春彦 編訳 ディスカヴァー・トゥエンティワン