電脳経済学v3> c経済系1> c45
マルクス理論の基本構造
(一部修正:2003年09月15日)(全面改訂v3:2004年06月25日)(一部修正:2005年07月28日)
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図c45-1 史的唯物論の構図 |
図c45-2 マルクス理論による恐慌の発生 |
c45-1 マルクスの捉え方
カール・マルクス(1818-1883)が提示した理論と思想の体系はその後の世界に与えた影響の大きさにおいて特筆に値します。しかしその全体像を捉えることは至難の業であります。マルクスを巡る研究成果が汗牛充棟となるほどにマルクスは多忙な現代人から遠のいて行くようです。
このような事情を踏まえてこのページではマルクス体系の論点を絞り込んだうえで電脳経済学との対比に焦点を当ててみます。ここでのマルクス原生林の探索方法は文献資料に基づく地上探査ではなく衛星写真を用いた遠隔探査の解析結果といえます。換言すれば本ページはマルクスを巡る筆者なりの理解を提示するものです。
c45-2 歴史と経済の関係
レーニンによればマルクス主義の基本的源泉はドイツの哲学、イギリスの経済学、フランスの社会主義の三つとなります。資本論の副題に経済学批判とあるようにマルクスはこれらをことごとく批判しながらも大筋では継承したうえでマルクス体系を築き上げています。つまりヘーゲルによる絶対精神を唯物弁証法へ、古典派経済学をマルクス経済学へ、空想的社会主義を科学的社会主義へと批判的に組み替えてその成果を『史的唯物論』と『資本論』の形で結実させています。
別な言い方をすればマルクスは歴史現象の文脈のもとで経済現象の一般理論化を試みました。具体的には『史的唯物論』と『資本論』の形で歴史学と経済学の統合を試みました。電脳経済学では両者を目的論と方法論の関係として対応させています。マルクスが歴史を通時的に捉えたのに対して本サイトでは共時的に取扱います。ここでの共時的とは時間と空間を自我に畳み込んでしまう考え方で詳細は人間原理に示す通りです。
c45-3 史的唯物論の構図
史的唯物論における社会構成は図c45-1史的唯物論の構図に示す通りです。ここで生産力が鍵概念となる点を確認しておきます。生産力とは労働力と生産手段を指し、次の生産関係とは両者の所有関係から労働者と資本家の対応関係を意味します。つまり生産力とは人と物の関係としての経済過程を指し、一方の生産関係とは人と人の関係としての階級関係を表します。生産力と生産関係をあわせて生産様式あるいは下部構造と呼びます。社会形態はその上部構造をなし政治・法律・宗教・哲学等を意味します。この構図のもとでマルクス体系の論点は次のように整理できます。
(1)史的唯物論とは社会の一般的発展法則に関する理論を指す。この歴史法則から社会原則が導かれる。(歴史の法則化)
(2)精神との対比において物質をより本源的なものとして社会や歴史に適用する。(唯物主義の立場)
(3)人間の社会的存在がその社会的意識を規定するのであって、その逆ではない。(絶対精神の否定)
(4)経済は生産力と生産関係の対立的関係から発展し、生産関係が生産力の桎梏となるとき社会変革が始まる。(唯物弁証法)
(5)自然界と同様に人間の社会にも価値を基軸とする客観的法則が働いている。(価値法則の定式化)
(6)人と人との社会的関係は生産手段を巡る所有関係によって規定される。(階級関係の定立)
(7)そこでは物質的利害関係が階級間の対立の動機をなしている。(階級対立の激化)
(8)生産様式が社会形態を規定する。つまり下部構造としての経済が政治や国家さらには人間意識といった上部構造を決定する。(社会形態の規定)
(9)生産力の発展に対応して生産関係も形態転化を遂げる。つまり生産様式は低次段階から高次段階へと歴史的に発展する。(段階的史的展開論)
(10)具体的には原始共同体、奴隷制、封建制、資本主義、社会主義、共産主義へと順次移行して行く。(社会発展の諸段階)
(11)人類は将来において生産手段の全社会的共有に基づく社会主義社会へと移行する。(社会主義社会)
(12)より高度な段階としての共産主義社会では「各人はその能力に応じて働き、必要に応じて受けとる」理想社会が実現する。(共産主義社会)
c45-4 資本主義経済の構図
資本主義経済の内部構造は図c45-2マルクス理論による恐慌の発生のようになります。ここでも生産力が鍵概念となります。生産力が労働力と生産手段からなることは既に述べた通りです。そしてこの生産手段はさらに労働手段と労働対象に分けられます。労働を巡るこの三者はそれぞれ労働、資本、土地からなる生産要素に対応しています。主体‐媒体‐客体の構図(b34-2(1))もそのまま成り立ちます。ここで問題の所在が所有関係にあることは自明です。資本は生産された生産手段(shi2<3>)ですから労働生産物としての資本が何故に資本家の所有になるのかとの疑問が提起されます。つまり階級対立の根本原因を生産資本の所有関係に求めます。
マルクスはこれに対して剰余労働という概念装置を導入してその理論を構築しました。図c45-2に示すように労働者の剰余労働に由来する剰余価値が資本蓄積の形で資本家に搾取される。資本主義社会とは元々そういう仕組みが前提になっている。したがって同図にあるように資本主義経済のもとでは恐慌の発生は不可避であり、その結果として資本主義社会はいずれ破綻に至る。そこで労働者は革命を起こし生産手段を社会的所有とする社会主義社会を成立させ、最終的には理想社会としての共産主義社会が実現する。これがマルクスが描いた歴史のシナリオであります。
c45-5 電脳経済学との対応関係
電脳経済学との対応関係は代謝モデルと史的唯物論の対比から次のように説明できます。図c45-1の右欄にある制御機構(情報)と実物機構(物質)は物理要素との絡みからつけ加えたものですが、現代流にはソフトとハードの関係となります。図d10に示す代謝モデルを左に90度回転させると図c45-1との対応関係が確認できます。自然生命系は代謝モデルの太陽光/廃熱と分解系に、下部構造は代謝モデルの領域1つまり「現行経済モデル」に、上部構造は代謝モデルの文化に、それぞれ対応しています。この対応関係は図e14経済の位置づけに示す「自然-経済-社会」においてさらに明確であります。物質代謝の用語法はエネルギー代謝による物質循環となりますが文意自体は一致しています。なお電脳経済学の歴史観はマクロ的には情報ビッグ・バン、ミクロ的には文脈依存性として提示しています。両者とも情報と意識が鍵概念となります。ここでも熱力学が前提となります。
次に『資本論』の要諦は「労働価値論」に集約されます。マルクスは古典派経済学が残した労働価値説を巡る理論的問題から説き起こして、理想社会に至る道筋を次のように描きました。労働価値説において→剰余価値を摘出して→そこから資本の運動法則を定式化し→ついに搾取構造を解明して→革命を通して労働者の解放をはかり→社会主義社会を経て→共産主義社会の実現に至る。
電脳経済学では表b52-2経済要素と物理要素の関係(2)労働で述べているように《労働=情報+エネルギー》とします。つまり労働価値説を離れて労働は情報の文脈から価値は意識の文脈から捉えます。
c45-6 両者の対比から得られる結論
両者の対比から得られる結論は次のようになります。
(1)時代状況や目的が異なるので両者の対比は意味をなさない。ただし結果の対比は可能である。
(2)マルクスは物質主義や科学的というが当時の物理学などに学んだ気配が感じられない。
(3)マルクスは現実を否定的に批判しているが電脳経済学では現実を肯定的に受け容れている。自身の理論が妥当であれば自然に実現するはずで社会的な運動は敢えて必要がない。
(4)電脳経済学は論理的帰結としての経済モデルを提示する。あるべき理想社会は社会構成員の決定に委ねるべき。両者は早晩一致するとして関心を持って待つ。
(5)史的唯物論と代謝モデルの間では構図的には顕著な類似が認められるにも拘らず資本論と代謝モデルは前提や動機が完全に異質であり比較の対象とはなり得ない。
(6)資本論は部分理論として学ぶ点が多々あり、具体的には「経済過程の一般形式」「交換モデル」「変換モデル」などは資本論に負うところ大である。ただ全体理論としては首尾一貫性に欠けている。
(7)マルクス体系の妥当性はすでに歴史的に検証されている。残された課題は継承すべき部分理論が同定に値するか否かであり、それ以前に何に対して同定するかが問われる。ここでゲーデルの定理が示唆を与える。
c45-7 参考資料
(1) カール・マルクス (Wikipedia)
(2) 社会主義 (Wikipedia)
(3) 共産主義 (Wikipedia)
(4) 『資本主義の限界とオルタナティブ』 伊藤 誠 岩波書店