電脳経済学v3> f用語集> chi1 地球熱機関 (thermal engine to the earth) (当初作成 2004/02/13: 一部修正2004/12/16; 2010/06/14)
図chi1-1
エネルギー代謝 |
図chi1-2
熱機関
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図chi1-3
地球熱機関 |
1.熱機関とは何か
最初に熱機関とは何かについて考えます。熱機関とは熱を仕事に変える装置つまりエンジンのことです。カルノー・サイクルはもっとも理想的な熱機関です。現実には存在しないので仮想機関といいます。サイクルは循環とも呼ばれ元と同じ状態に戻る周期的な動作を指します。図b16 にカルノー・サイクルの原理図を、図b20にカルノー・サイクル/熱機関の概念図を示します。図chi1-2は熱機関をさらに簡潔に表現したものです。
熱機関の身近な事例は自動車です。ただし自動車のエンジンは内燃機関ですから前記の外燃機関とメカニズムは異なりますが熱力学的条件は同じです。自動車は燃料を消費して移動します。燃料は石油・バイオ・電力を問わず源を辿れば太陽エネルギーに由来します。燃料の燃えカスは廃熱として空気中に排出されます。エネルギーの最終形態でありかつエントロピーの正体でもある廃熱は、気化熱に転じて水蒸気によって地球のはるか上空まで運ばれて宇宙空間に捨てられます。ちなみに物理学では力を加えて物体を移動させることを仕事と呼びます。仕事は力と移動距離の積で与えられton-kmが単位となります。見落とされがちですがこの仕事も地面との摩擦などの形態を経て最終的には廃熱になります。日常用語の仕事も人間による物体の移動が原義であります。廃熱とは労働の結果として汗をかく感覚を指します。
このようなエネルギーの流れを巡る全体観が熱力学第1法則の主旨です。そのエネルギーが消費されてエントロピーに転じる局面で熱力学第2法則が登場します。エントロピーには物エントロピーと熱エントロピーがありますが、前者は後者に転化して処理されます。そのエントロピー処理の最終過程が地表と宇宙空間を結ぶ水循環によって現実化され、こうしてエネルギー代謝を巡る地球上の過程が完結します。図chi1-1、図ha1-1並びに図ae2さらには図b32、図d12-1に上述の概念図を示します。
2.資源問題が発端となる
地球熱機関に関する記述は最近Websitesでもかなり見受けられますが、この概念は槌田敦教授によって1976年に最初に提唱されました。槌田教授によればこの経緯は次の通りです。ガルブレイスは1975年にボールディングとの対談(毎日新聞)において「成長の限界は、資源の枯渇よりも廃物の捨場の枯渇によって決まるのではないかと思う」と述べました。槌田はその発言に注目して、それまでの資源開発にかたよった考え方をしりぞけ、資源から廃物・廃熱へのエントロピーの流れを体系的に捉えて『資源物理学』として提起しました。その中で、地球に生物が存続できるのは地球の水循環(地球熱機関)が宇宙へエントロピーを捨てているからであると指摘しました。なおガルブレイスの発言は地球資源の有限性を指摘した警世の書として知られるローマ・クラブ第1回報告書『成長の限界』(1972)を受けたものです。このように地球熱機関の考え方は地球環境問題を巡る今日的な主題群(経済成長、資源管理、地球温暖化、異常気象、地球生態系、地球公共財、水問題、廃棄物処理など)に深くかかわっています。さらに21世紀が水の世紀といわれる理由が水循環との絡みにあることは改めて指摘するまでもありません。これらはc50生命経済系の前提をなします。
3.水循環と熱機関
水循環の過程を通して廃熱は最終的には赤外線放射により宇宙空間に放出されます。この関係は図ha1-1並びに図ae2に示す通りです。ここで水は熱の担体としての役割りを果たし地表面と大気圏との間を循環しています。担体とは作業物質とも呼ばれ自らの性質を変えることなしに熱を吸収したり排出したりする物質を指します。
注目すべきは図ha1-1と図b16-3の対応関係です。「水循環」と「カルノー・サイクル」が完全に一致している自然の摂理並びに天才カルノーの洞察に改めて畏敬の念を覚えます。
4.地球熱機関の結語
地球熱機関を便宜的に太陽(6000K)‐地球(300K)と地球(300K)‐宇宙空間(3K)の二段に分ける考え方を図chi1-3に示します。この場合、前段の熱機関は基本的にエネルギー吸収過程であり生態系が対応します。後段の熱機関はエントロピー処理(エネルギー放出)過程で水循環が対応します。「エネルギー代謝」の用語にこの意味を込めます。ちなみに地球(大気を含む地表面)は前段の低温熱源であると同時に後段の高温熱源に相当します。地球が熱源になったり熱機関になったりしますが、便宜的とか比喩とはそれを一応諒としたうえでという意味です。
ここで地球温暖化の含意は地球熱機関の文脈から次のようになります。図chi1-3において地球の温度(300K)が上昇するとは上段の生態系の効率低下を意味します。それと同時に下段の水循環の負荷上昇を招来します。異常気象の遠因はこの辺りにありそうです。
5.地球熱機関概念の要諦
@地球系は宇宙系との間で「エネルギー代謝」関係(「エントロピー処理」過程を含む)にある。
A鉱物系としての地球は「エネルギー代謝」に基づく「物質循環」過程で構成される。
B生命系としての地球は「物質循環」過程と「情報蓄積」過程の統合体である。
C地球熱機関はエネルギー吸収過程とエントロピー処理過程の二段に分けた方が説明しやすい。
Dエントロピー処理過程において水循環は決定的な役割りを果たしている。
E地球熱機関の考え方は比喩とはいえ現実を簡潔に表現している。
F地球熱機関の考え方は地球経済系を巡る「物理要素の働き」をシステムとして表現している。(図d12-1経済系のイメージ参照)
6.地球熱機関に関連して
食物連鎖過程にあるように光合成に水は必要ですが、植物が要求する水量の大部分は蒸発散に消費されます。これは気化熱により植物体自身と周辺土壌の温度を一定に保つ温度調節のために用いられます。人間をはじめとする動物の場合も個体を構成する水分量はわずかであり水分の大部分はエントロピー処理のために消費されます。このことは家事用水の大部分が皿洗い、掃除、洗濯、風呂、洗車や散水に使用されていることからも明らかです。(生活用水400リットル/人/日に対して飲料水は10リットル/人/日程度です。)地球が水惑星とされる理由は生命体をめぐる水循環の働きによるものです。水循環にはフローのみならずストックの状態も含みます。前者は熱力学第2法則に後者は熱力学第1法則に対応しています。
最近の研究によれば人間の筋肉も熱機関と同じメカニズムで作動していることが解明されました。これは人体熱機関の考え方です。GIS(地理情報システム)は通常地球座標系を基準に構築されますが、近年は電子カルテとの対応において人体GISの研究も進んでいます。人体の外部化が宇宙であり宇宙の内部化が人体とする「梵我一如」思想は、GISの文脈からも肯定できます。最後に一言つけ加えますと、太陽から地球あるいは地球から宇宙空間へは輻射エネルギー/電磁波をやり取りしているのであって伝導や対流の意味での熱エネルギーではありません。輻射の身近な事例として電子レンジによる加熱作用を挙げることが出来ます。
7.参考資料
(1) NHKブックス423『資源物理学入門』
槌田敦 著 NHK出版 1982年9月24日 pp159-166
(2) 『エントロピーとエネルギー』 科学全書8 我孫子誠也 大月書店 1983年6月10日 pp211-226
(3) 『熱学外論』 -生命・環境を含む開放系の熱理論- 槌田敦 著 朝倉書店 1996年3月1日 pp126-130
(4) 『物理学に基づく環境の基礎理論』-冷却・循環・エントロピー 勝木
渥 海鳴社 2000年10月30日 pp52-64
(5) 生きている地球〜環境問題を見る視点〜 近藤邦明