電脳経済学v3> f用語集> bu1 物質 (matter; material; substance; body ) (2004年03月25日作成)
bu1-1 物質から物理要素へ
現代における哲学的概念としての物質は「人間の意識に反映されるが意識から独立して存在する客観的実在」を意味します。この文脈から物質は世界存在をめぐる究極の統一的本性として定立されます。つまり世界存在の多様性は物質の形態変化としての現れであり、この意味で物質は運動と不可分の対立的な統一関係にあります。ここで運動なき物質もなく、物質なき運動もまた存立しません。ここから基準系としての時間と空間が要請されます。
物質の証は質量や体積を始めとする物理的属性を備えていることです。物質が微細な粒子の集合体からなり、この世界を構成する基本的な要素だとする考え方は古今東西を通して共通しています。電脳経済学では、このような物質による世界構成という歴史的立場を是認しながらも、物質を「物理要素」の一つとして相対化しています。ここに物理要素とは「物質・エネルギー・エントロピー・情報」をセットとした総称であります。これは色彩に例えれば白黒グレースケールからカラーの三原色への転換に相当します。さらにこれを「物理要素の働き」に展開して世界説明を試みます。ここに物理要素の働きとは「物質循環・エネルギー代謝・エントロピー処理・情報蓄積」を指し、この現実世界を物理要素の働きの場として捉えます。このことにより世界が平明かつ正確に記述でき、かつ物質のみによる説明の制約を克服できると考えます。物質とは何かと問うよりむしろ物質循環という運動現象に着目したうえで経済系に考察を加えます。
bu1-2 物質循環の考え方
物理学的にいえば物質はエネルギーの安定的な形態で基本的に保存されます。宇宙探索ロケットの発射や隕石の落下を例外として物質はつねに地球上にとどまり循環を繰り返しています。これを物質循環と呼びます。物質循環の理想的な代表例は水循環であります。地球環境問題の深刻化に照らして「物質循環の完結」は経済系にとっても焦眉の急といえます。
これまでの経済系は不用になった物質を系から排除することによって問題を処理してきました。しかし地球系は物質面で閉鎖系ですから自明の事実として系からの排除は不可能であります。この事実を考慮に入れて経済系の基礎理論が構築されるべきです。結論的にいえば物質循環が完結しない限り、環境問題は解決しない道理となります。注目すべきは、ここでいう物質はカルノー・サイクルにおける作業物質に相当する点です。作業物質とは物質をエネルギーやエントロピーの担体とする視点であります。この脈絡から地球熱機関の思考法に基づく地球資源管理のあり方が問われてきます。
bu1-3 唯物史観との対比
史的唯物論は唯物史観とも呼ばれマルクス主義の歴史観・社会観を示す用語であります。多くの訳語と同様に注意を要する点ですが「唯物」はmaterialの邦訳ですから本来は「物質」となるべきです。唯物史観とは、物質を本源的なものとみなし、それを歴史や社会に適用し、それが人間意識を規定するという考え方です。別の言葉でいえば、物と人の関係が人と人の関係を決めて行くとします。物と人の関係は生産力ですから生産力の発展段階が生産関係はもとよりその上部構造をなす社会形態までも決定することになります。唯物史観の詳細はマルクス理論の基本構造にありますので割愛しますが、物質との絡みは次のようになります。
唯物史観の要諦はそれが著された歴史的な背景にあります。電脳経済学ではこれを文脈依存性と呼んでいます。なぜマルクスは物質を本源的なものとしたかに関する私見を次に述べます。e36年表:経済学1に示すとおりマルクスの生涯は1800年代の真ん中にすっぽりはいります。同表:思想・文学にあるとおりドイツの哲学者としてカント→ヘーゲル→フォイエルバッハが現れ、マルクスはフォイエルバッハに少し遅れて生きています。この時代文脈を辿れば本源性の対象が「神→霊魂→精神→意識→物質」と推移しています。一方、マルクスは同表:自然科学分野のカルノー→クラウジウス、同表:技術分野のジーメンス→ダイムラーと時代を共有しています。つまり本源的な対象に「物質」を据えることは当時の思想界では先進的かつ科学的であったと推察されます。ところが自然科学の分野ではもうすでに物質の時代ではなかった。その時代はニュートン→ライプニッツに遅れること約200年、熱力学の成立期から量子力学の黎明期に相当します。
ちなみに物理要素の出現順序は「物質→エネルギー→エントロピー→情報」となり現代は情報の時代といえます。しかし情報だけを取り出しても現象世界は説明できない。やはり上記4項目をセットにした物理要素が要請される。これが電脳経済学の立場であります。この節の結語はあえて割愛して読者各位のご判断にゆだねたいと思います。
[参考文献]
1.『岩波哲学・思想辞典』 岩波書店 1998年3月18日発行 p1379「物質」;p1615「唯物史観」;p1616「唯物論」
2.『哲学辞典』 平凡社 1992年1月15日発行 p1195 「物質」