電脳経済学v3> f用語集> ef2 エコロジカル・フットプリント (Ecological footprint) 
(当初作成:2006/06/02; 一部修正:2006/06/06; 2006/06/15; 2006/06/30; 2007/12/21; 2007/12/26; 2010/08/14)


1. エコロジカル・フットプリントとは何か

エコロジカル・フットプリント(Ecological Footprint: EF) (フットプリントとも言う)はあえて直訳すれば「生態学的足跡」となる。これは人間の経済活動が生態系を踏みつけた足跡という意味を込めた比喩的な表現から名づけられた経済分析手法を指す。持続可能性、エコロジー経済学、環境問題、環境政策、自然保護運動等との絡みにおいて近年世界的に注目を集めている。エコロジカル・フットプリントに関する用語説明の事例を9.参考資料に示す。そのなかでも9.1-13朝日新聞記事はフットプリントの考え方について一般読者向けに平明に解説している。
1990年代にカナダのブリテイッシュ・コロンビア大学で環境容量を測定する手法の開発に取り組んでいたワケナゲルとリース(Mathis Wackernagel & William E. Rees)は環境への負荷を生態系の面積によって表現するという画期的な方法を編み出すことに成功した。ワケナゲルとリースのもとでこの手法の開発作業に参画した環境経済学者和田喜彦は日本でのエコロジカル・フットプリントの普及に努めている。(出所: 9.参考資料1-1 pp19-21)

2. いまなぜエコロジカル・フットプリントなのか

エコロジカル・フットプリントは端的にいえば地球環境の持続可能性(サステナビリテイ)を表す指標である。論理構成の明快性や組織形態を超えた説得性つまり地球レベルでの普遍妥当性故に近年各方面において具体的な取り組みが推進されている。日本政府も環境白書並びに第三次環境基本計画(pdf 526kb)において言及している。エコロジカル・フットプリントを巡る主要な関連情報は9.参考資料に示す通りである。

3. ワケナゲル博士来日の背景

マティース・ワケナゲル博士EFJ主催になる来日講演会において@エコロジカル・フットプリントの算定法、A世界におけるエコロジカル・フットプリントの現状、B初来日の目的について述べた。特記すべきはエコロジカル・フットプリント手法が今なお開発途上の段階にあり、かつ意味深長な展開可能性を孕む点にある。
なお、著書の翻訳者はブログ『エコロジカル・フットプリントの講演会に行きました』にその印象を記している。

4. エコロジカル・フットプリントの考え方

経済活動による環境への負荷としてのエコロジカル・フットプリントは表-1左欄最下段の総需要面積に相当する。この面積は表-1の土地区分ごとに集計した一人当たり平均土地面積(単位:gha)の合計値として求める。一方、各区分に対応する生物生産のための一人当たり平均土地面積の合計値を総供給面積という。2002年の場合を例示すれば表-1の通りとなる。エコロジカル・フットプリントの結論は説明欄最下段にある通り人類の生態学的需要が地球の生態学的供給能力を上回っている状況、つまり地球資源のオーバーシュート(過剰収奪/需要過剰)に対する警告にある。ここでgha/人とは世界平均の生態学的面積を指す。ここで需要をEF面積で表し一方の生態学的供給可能面積(地表面積の22%/世界人口)と対応させる。なおエコロジカル・フットプリントの用語は狭義には生態学的需要面積を指し、広義には方法論的な概念枠組みを表すので前後の文脈に注意を要する。
エコロジカル・フットプリントのさらなる梗概は下記9.参考資料1-11第5部第3章/第4章に具体的かつ詳細に記述されている。

生態学的需要(EF)フットプリント面積(gha/人) 生態学的供給(生物生産力)生物生産のための面積(gha/人)
説 明
(gha/人:1人当たりグローバル・ヘクタール)
1農作物生産 0.49
1耕作地 0.52 食料生産に必要な耕作地
2畜産物生産 0.14 2牧草地 0.27
家畜放牧に必要な牧草地
3木材・薪炭生産 0.17 3森林地 0.80 木材や紙の生産に必要な森林地
4漁業資源捕獲 0.14 4沿岸漁業海域 0.13
水産資源を取るための沿岸海域や河川など
5住居とインフラ0.10 5生産力阻害地 0.10 道路建物等に使われる土地
6過剰CO2吸収 1.20 6化石エネルギー地 − 化石エネルギー需要を満たすのに必要な土地
7生物多様性保全地 − 7生物多様性保全地 − 地球上の生物を守るための土地で12%(約20億ha)が示唆される。
総需要面積 2.24 総供給面積 1.82 2.24÷1.82=1.23⇒地球全体では需要が供給を23%上回る。
1.82-2.24=-0.42⇒自然資本収支の赤字が1986年以降毎年累積。この環境収容力を超えた状態をオーバーシュート(過剰収奪)と呼ぶ。
表-1 グローバル・フットプリント勘定(2002年)

それは具体的に地球何個分として次のように表現される。

日本のエコロジカル・フットプリントは4.3ha/人であり世界合計では1.8ha/人であるので、世界中の人々が日本人のような暮らしをはじめたら地球が約2.4コ(4.3÷1.8)必要となる。なお米国のエコロジカル・フットプリントは9.5ha/人(9.5÷1.8=5.3)である。(出所:WWF"Living Planet Report 2004")

世界合計の生態学的供給面積1.8ha/人に代えて貿易量補正前の国別の供給面積を用いれば日本:4.3÷0.8=5.4、中国:1.6÷0.8=2.0、ドイツ:4.4÷1.8=2.4、米国:9.7÷4.7=2.1、世界:2.2÷1.8=1.2(gha/人2002年データ)となる。この数字は国別オーバーシュート値であり同時に貿易依存指数ないし環境脆弱性程度を意味する。つまり、エコロジカル・フットプリント分析は日本経済の現状を実証的に告げている。ちなみにエコロジカル・フットプリントは個人レベルでも算定可能で筆者の場合は3.7ghaであった。この文脈を辿れば集計問題は原理的に解消される。

5. エコロジカル・フットプリントを巡る当面の課題

エコロジカル・フットプリントを巡る当面の課題は次の通りとなる。
(1)定式化:エコロジカル・フットプリントの統一的な算定法の確立並びに国際基準化・DB化。
(2)組織化:エコロジカル・フットプリントを巡るパートナーの役割り分担並びに行動計画の具現化。
(3)体系化:エコロジカル・フットプリントの内部構造並びに外部領域との関係の明確化。
なお、これら課題はWeb2.0の進展等とあいまって近い将来に克服可能と考えられる。ここで問われるのは誰がどのようにそれに貢献するかである。

6. エコロジカル・フットプリントに対する批判と反論

エコロジカル・フットプリントに対して批判と反論(pdf第3章3-5pp257-261)が寄せられている。ところで、エコロジカル・フットプリントは次項7の説明をスキップして次項8の地平で展開されている故に論点把握に困難を伴う。つまり批判は現行パラダイムに依拠しているので反論する側にもそれなりの整序ある説明が求められる。
エコロジカル・フットプリントに対する批判の要約:
(1)アルゴリズム自体に疑念がありその計算結果は不完全である。
(2)生態学の「環境収容力」概念は人間社会には適用できない。
(3)代替性を前提に異なる土地形態を合算しているがこの前提は成立しない。
(4)資源の供給や開発は制度的・技術的に克服可能であり環境収容力の捉え方は意味がない。
(5)環境収容力の考え方は現実世界の貿易や交換による相互補完関係を無視している。

7. エコロジカル・フットプリントと代謝モデルの関係

エコロジカル・フットプリントは代謝モデルの究極的な簡略形式に相当する。つまり、エコロジカル・フットプリントは代謝モデルにおける分解系と消費系をそれぞれ土地面積と人口に還元して数値化している。摂動論の思考法を借りればエコロジカル・フットプリントにおけるghaの概念は土地面積/人口に対応する。一人当たりの必要土地面積や逆数の単位面積当たりの収容可能人口の試算は農業計画の分野では半ば日常化された検証作業である。ただ問われるべきはその根底にGISの概念が据えられているか否かであり、もしそうであれば両者並びに現行経済系然るべき変換パラメータの導入により早晩結合可能となる。
代謝モデルが食物連鎖過程に準拠して導出され結果的に現行経済系を内部化しているのに対してエコロジカル・フットプリントは分解系と消費系をいきなり直結し生産系を割愛している。正確には生産系の要因は土地区分として考慮されているが背後に隠れている。前項でスキップと呼んだ理由はここにある。ちなみに可塑性[ka52(3)]概念はエコロジカル・フットプリントによる接近方法を理解するうえで有効と考えられる。
エコロジカル・フットプリントの特筆すべき着眼は分解系を状態量として定式化している点にあり、これがオーバーシュートとして数量的に提示されている。この自然資本の考え方は代謝モデルを援用しない限り現行パラダイムでは首尾一貫した説明はできない。なぜなら現行経済系が生産系・消費系の2部門からなり、エコロジカル・フットプリントが分解系・消費系の別の2部門からなるのに対して代謝モデルは分解系・生産系・消費系の3部門から構成されるからである。この物質循環の完結性文脈のもとで代謝モデルはエコロジカル・フットプリントと現行経済系のインターフェイスとして位置づけ可能である。その理由は次項に述べるように熱力学が普遍的な説明原理を与えるからである。

8. エコロジカル・フットプリントにおける熱力学の位置づけ

下記の参考資料1-2 pp80-81並びに参考資料1-4 pp218-220によればエコロジカル・フットプリント分析は熱力学の法則と整合性がとれている。その論拠として下記の熱力学基本法則並びに組織内代謝を巡る物質収支が挙げられている。一方、物質収支は産業連関表として現行経済系でも取り入れられている。エコロジカル・フットプリントはエコロジー経済モデルの一種であるが、一般的に経済モデルが備えるべき熱力学的な要件は「量的保存と質的劣化」を巡る説明可能性にあり両者はそれぞれ熱力学第1法則熱力学第2法則に対応する。
この文脈を敷衍すればエコロジカル・フットプリントはその接近方法において「見えざる手」21世紀地球環境版と言っても過言ではない。ただし現行パラダイムの転換に至るには資本ないし進化が説明可能な生命原理に基づく哲学/思想が要請される。これに絡む予備的な考察は政治哲学としてd60-3に示す。

9. 参考資料

1-図書文献
1-1 岩波講座環境経済・政策学第7巻『循環型社会の制度と政策』細田衛士・室田武編 岩波書店
1-2 『エコロジカル・フットプリント』マティース・ワケナゲル、ウイリアム・リース、和田喜彦=監訳、池田真理=訳 合同出版
1-3 "OUR ECOLOGICAL FOOTPRINT" Reducing Human Impact on the Earth: MATHIS WACKERNAGEL & WILLIAM REES THE NEW CATALYST BIOREGIONAL SERIES
1-4 『エコロジカル・フットプリントの活用』ニッキー・チェンバース、クレイグ・シモンズ、マティース・ワケナゲル、五頭美知=訳、和田喜彦、岸基史=解説 合同出版
1-5 "SHARING NATURE'S INTEREST" ECOLOGICAL FOOTPRINTS as an indicator of sustainability: nicky chambers, craig simmons, mathis wackernagel EARTHSCAN
1-6 『成長の限界 人類の選択』ドネラ・H・メドウズ+デニス・L・メドウズ+ヨンゲン・ランダース 枝廣淳子訳 ダイヤモンド社
1-7 平成14年版 図で見る環境白書:世界のエコロジカルフットプリントの推移
1-8 エコロジカル・フットプリントに関する記載のある『環境白書』(エコロジカル フットプリントを検索窓に入力)
1-9 『第三次環境基本計画』平成18年4月7日(pdf 526kb)、同左参考資料(pdf 128kb)
1-10 国土交通省国土審議会計画部会持続可能な国土管理専門委員会検討資料

1-11 『サステナビリテイの科学的基礎に関する調査2006』:RSBS(Research on the Scientific Basis for Sustainability)プロジェクト
1-12 『バイオリージョナリズムの挑戦―この星に生き続けるために』プーラン・デサイ/スー・リドルストーン著 塚田幸三/宮田春夫訳 (群青社発行/星雲社発売)
1-13 朝日新聞東京本社版2007年(平成19年)12月21日金曜日朝刊33面 あなたの暮らし、地球何個分?環境負荷測る「フットプリント」

2-ウエブサイト
2-1 エコロジカル・フットプリント (Wikipedia); エコロジカル・フットプリント (Visual Wikipedia)
2-2 エコロジカル・フットプリントEICネット
2-3 Ecological Footprint: Overview
2-4 エコロジカル・フットプリントに関するページのある《月尾嘉男の洞窟》
2-5 -not used-
2-6 エコロジカル・フットプリント・プロジェクト
2-7 ECOLOGICAL FOOTPRINT OF NATIONS 2005 UPDATE (pdf)
2-8 エコロジカル・フットプリント:マルチメディア/インターネット事典
2-9 エコロジカル・フットプリント:ロジスティクス環境会議用語解説
2-10 持続可能性指標としてのエコロジカルフットプリントみずほ情報総研
2-11 フットプリントほか<キーワード解説環境資源研究サイト<総合研究所<MKI三井情報開発株式会社
2-12 日本エコロジカル・フットプリント協会 - エコロジカル・フットプリントとは?

3-組織団体
3-1 環境省
3-2 環境パートナーシップオフィス(EPO)/環境省民間活動支援室
3-3 地球環境パートナーシッププラザ(GEIC)
3-4 NPO法人 エコロジカル・フットプリント・ジャパン(EFJ)
3-5 NPO法人 フューチャー500
3-6 社団法人 環境情報科学センター (CEIS)
3-7 WWF:世界自然保護基金 (World Wide Fund for Nature/former World Wildlife Fund)
3-8 WWF−Japan(検索:エコロジカル・フットプリント関係)
3-9 WWF:Radical Move Towards a "One Planet Economy"
3-10 WWF:How to measure your Ecological Footprint
3-11 GFN:Global Footprint Network-Advancing the Science of Sustainability
3-12 Ecological Footprint Quiz: by earthdaynetwork(EDN)
3-13 Footprint Masterclass: Best Foot Forward-bringing sustainability down to earth
3-14 REDEFINING PROGRESS
3-15 Footprint of Nations: by Ecological Footprint Org.

4-環境教育
4-1 UNESCO:Teaching and Learing for a SUSTAINABLE FUTURE
4-2 CSF(center for a sustainable future): The Concord Consortium
4-3 The Cloud Institute for Sustainability Education
4-4 WWF research centre: Ecological footprint