電脳経済学v3> f用語集> shi3 資本理論の展開 (evolution in the theory of capital)  2000年10月19日作成

shi3-1 プロローグ:
資本に関する見解を歴史的に辿り、資本の意味について再考察を加える。マルクスの資本論との混同を避けて資本理論と呼ぶ。ちなみに、マルクスの資本論はDas Kapitalの訳語であり、副題は経済学批判となっている。資本概念の起源は「子を産む家畜」とされ、capitalの原義は「貸金の元本」としての財貨を意味するという。
既述のように資本の用語は多義的であるので、事前に次の整理をして先に進む。資本は生産資本と金融資本に区分され、前者は生産力の元本として設備などの物財を指し、後者は収益力の元本として資金などの財貨に対応する。企業会計は両者の対照関係を示している。
電脳経済学では「可塑性」概念を導入して、物質としての資本と貨幣としての資本を連続的に取り扱う。(図266-3参照)こうして、資本概念は物物交換から電子取引きまで首尾一貫性をもって説明できる。なお可塑性とは物理的な変形容易性を意味し、詳細は『開発と環境の両立可能性を求めて』 p86に示す。

shi3-2 生産要素の出現過程:
e32経済社会の進展過程に示すように経済要素の出現順序は次のようになる。
@自然→A生命→B人間→C消費→D労働→E生産→F資本→G社会→H商品→I資源→J国家→
生産要素に焦点を当てて経済要素の出現順序を整理すれば図shi3-1のようになる。

消費まで

自然採取の時代

農業中心の時代

1)消費まで

(2)自然採取の時代

(3)農業中心の時代

工業中心の時代

同左(貨幣の流れ)

 

 

(4)工業中心の時代

(5)同左(貨幣の流れ)

図shi3-1 生産要素の出現過程

図shi3-1生産要素の出現過程は次の通りである。
(1)消費の出現まで:口から口への時代。人間の歴史は消費の歴史といえる。消費の意義が、生活を通しての文化の向上にある点を改めて確認したい。歴史を辿る表e30区分(7)まで。
(2)自然採取の時代:手から口への時代。直立歩行への移行は手の使用を可能し、これは同時に労働の出現を意味する。歴史を辿る表e30区分(9)まで。
(3)農業中心の時代:生産のための労働は、同時に手の延長として道具の使用を意味する。工作人の誕生は、経済の文脈から見れば生産された生産手段としての資本の出現でもある。歴史を辿る表e30区分(11)まで。
(4)工業中心の時代:直列に配置されていた経済要素が、生産に向けて並列に組み換えられ生産の3要素として承認される。それと同時に、資本と商品が経済過程の中枢を占める。自然から土地へ、生産物から商品へと用語が変化してくる。歴史を辿る表e30区分(12)まで。
(5)同左(貨幣の流れ):物財の流れと反対向きに貨幣の流れが認められる。資本の役割りが生産力から収益力へと移行してくる。資本の所有関係を巡って分配問題が提起される。

shi3-3 代謝モデルにおける資本の考え方:
代謝モデルは、3個の変換系と4個の交換系から構成される経済過程を意味する。3個の変換系とは、生産、消費、分解の各系を指し、3部門とも呼ぶ。生産系における経済要素の出入りは図shi3-2に示す通りである。同図から明らかなように、代謝モデルでは生産資本は生産系と同義になる。さらに同図において累積的な時間は斜め軸で示し、当期は平面で表している。斜め軸は貸借対照表に、平面は損益計算書に対応する。さらに両者はストックとフローの関係にある。
市場経済の仕組みでは生産用役市場において資本が調達されるが、代謝モデルでは商品市場において金融商品の販売代金として資本が調達される。さらに資源に関しても代謝モデルでは資源市場を通して調達される。市場経済の仕組みでは生産用役市場は生産要素と対応しているが、代謝モデルでは図shi3-2に示すように生産系に投入する経済要素は物財と貨幣を区分して扱う。換言すれば資本概念は貸借対照表の借方・貸方の費目に解消されてしまう。ここで問われるのは両者の時価評価のみである。

生産系としての資本

図shi3-2 生産系としての資本

shi3-4 資本理論の概要:
資本理論の展開過程を遡ることは経済学説史をひもとくことにほかならない。経済思想が資本理論を通して表現される事実はマルクス経済学においてもっとも顕著である。この文脈から電脳経済学を構築するに際して参照した主要な資本理論を次に挙げる。

表shi3 資本理論と電脳経済学の関連

資本理論

論点の要旨

電脳経済学との関連

@ケネーの経済表

経済社会的見地から階級間を巡る商品流通を経済循環の図式として模式的に表現。

代謝モデル
経済系のイメージ

Aマルクスによる資本の運動形式

資本の循環過程における価値増殖の内実を産業資本の運動形式として確立。

変換モデル
経済過程の一般形式

B新オーストリア学派の資本理論

迂回生産における中間生産物の存在と投入・産出間の時間構造との関係を分析。

費用効果分析
資本の応答・同定問題

Cケインズの流動性選考説

『一般理論』で展開された貨幣的利子理論で資本・利子・貨幣の本質解明に道を開く。

代謝モデル交換モデル
ケインズ理論の基本構造

Dスラファ理論体系

単純再生産による生産循環を定式化して経済体系の厳密な理論化を提示。

熱交換器の原理
経済要素の変換過程

Eケンブリッジ資本論争

生産された生産手段としての資本財を同質財と見るか異質財と見るべきかを巡る論争。

物理要素とは何か
経済要素の変換過程

F資産選択理論

合理的経済主体が将来収益の不確実な資産に対してとるべき最適投資行動を示す理論。

資本の応答・同定問題


shi3-5 社会資本の考え方:
社会資本は社会的共通資本、社会的間接資本、社会的生産基盤、インフラストラクチュア、公共資本、公共投資、公共施設、公益施設、公共財などさまざまな呼称がある。国民経済全体の円滑な運営を根底で支える財の総称で、道路、港湾、下水道、公園、通信、郵便、空港、灯台、河川や海岸の堤防、ダムなどを指す。その基本的性格は不特定多数の主体に外部経済をもたらす点にあり、公正性・地縁性・非営利性・非分割性などの理由から政府や公的機関により実施・運営される。
ここで資本一般と社会資本の関係について考察を加えよう。先ず資本一般の用語法について次の点を再確認したい。生産要素としての資本は「生産された生産手段」を指すとした。これは本源的生産要素としての土地および労働に対応する用語である。ここで企業資本の与件を次のように設定して、社会資本に対応させてみる。青字が読み替え可能な対応用語で、赤字が読み替え不能な問題用語となる。
企業資本の与件:
「経済主体は企業でありその資本私的に所有される。企業生産系を対象に利潤最大化を目的とする。資本株主から資金として調達され、企業会計は定められた会計制度のもとで記帳され公開される。」
社会資本の与件:
「経済主体は政府でありその資本公的に所有される。政府生産系を対象に公共利益最大化を目的とする。予算国民から税金として徴収され、政府会計は定められた会計法規のもとで記帳され公開される。」
両者間で整合性が確保されるべきか否かはここでは問わない。ただ現実に交通、通信、病院、学校、住宅、福祉、金融、農業、郵政、専売など広範な分野で両者が混在している事実だけは確認しておきたい。結論的にいえることは社会資本の名のもとに社会政策と経済政策が渾然と実施されている現状である。
したがって、先ず経済過程の対象系を特定したうえで、経済政策の範囲を明確にする必要がある。経済基盤の整備と経済活動の監視はともに政府の仕事であるが、両者は経済社会的立場が完全に異なる。社会資本は生産系のみならず消費系や分解系も対象としている。つまり廃棄物の処理や自然環境の管理もまた政府の大切な役目である。
これらを踏まえて電脳経済学における社会資本の捉え方は図shi3-3のようになる。経済主体としての政府は市場経済と自然環境の媒体として公共財の管理を通して分解系を担うことになる。換言すれば政府は所管地域の物質循環を効率的に完結させる責任を負う。代謝モデル並びに図shi3-3との絡みから前文の含意は重大である。なお図shi3-3経済構造と社会資本に関する内容説明は『開発と環境の両立可能性を求めて』pp86-88に詳しい。

自然と経済社会の媒体

地域系における経済循環

(1)自然と経済社会の媒体

(2)地域系における経済循環

図shi3-3 経済構造と社会資本

[参考文献]
1.『スラファ体系研究序説』 松本有一 ミネルヴァ書房 1990年2月20日 pp58-64
2.『体系経済学辞典』第6版 高橋泰藏ほか編集 東洋経済新報社 1992年8月5日 pp346-361
3.『コモンズの経済学』 多辺田政弘 学陽書房 1990年4月10日 pp44-71