電脳経済学v5> f用語集> gdm ガダマー (v5) (当初作成:2008/10/09)(一部追加:2008/10/13: 2010/04/27: 2010/05/19: 2011/01/29)

1.梗 概
(1)ハンス・ゲオルグ・ガダマー (Hans-Georg Gadamer: 1900.2.11-2002.3.13)
(2)現代ドイツを代表する哲学者・哲学史家・美学者。哲学的解釈学の創始者。
(3)ギリシア以来の「一般解釈学」ディルタイによる「精神科学の方法論」並びにハイデガーによる「現象学的解釈学」に彫琢を加えて独自の「哲学的解釈学」を展開した。
(4)「哲学的解釈学」とは「現実的な対話/経験の理論」を意味する。つまりガダマーは「理解」を人間の基本的な存在様式とみなしその構造や条件に関して体系的かつ詳細な分析を試みた。その核心となる考え方は次の通りである。
(5)「理解」困難なテキストの著者からの「真理要求」に対面するとき読者である「
解釈者」の「地平」は動揺に襲われる。地平とはそれまでの経験や知識に基づく価値基準を指し、それは同時に偏見や先入観などの地平を制約する要因をも意味する。
(6)動揺に続く次の段階では著者の地平と解釈者の地平が相対化されて「第三の地平」が開け、これを「地平融合」と呼ぶ。ガダマーは地平融合の反復過程を「解釈学的循環」と呼び、この循環に「正しく入り込むこと」の重要性を強調している。この関係はヘーゲルの弁証法でいう正反合に対応するが到達点に関しては絶対精神に代えて「終わりなき循環」としている。
(7)ガダマーは地平融合に至るべく「真の問い」を発することが哲学の使命とした。ちなみに真の問いとは”究極の真理へ向けて問い続ける”対自的な生活態度を指し、この文脈において他者理解はこれに至る方法となり背景に後退する。
(8)ガダマーによる哲学的解釈学の中心概念は「影響作用史」として次のように整理できる。過去のテキストを解釈するとき、過去の歴史や伝統が現在に働きかけるとともに、現在の問題意識が過去に働きかける。影響作用史とはこの理解を巡る範型的作品と解釈者間の相互作用を指し作用史ともいう。(広辞苑を一部修正)
(9)ガダマーの解釈学理論に対してはハーバーマスデリダからその機能性を巡り批判が寄せられている。
(10)主著は 『真理と方法』全3巻であり、なかでも第2巻が中心となる。 『哲学・芸術・言語』にも彼の思想が体系的に網羅されている。
(11)最近の動向として 『真理と方法』を飛躍台にして近代哲学の枠組みを根底から問い直して新たな哲学的地平を切り開こうとする思想的な潮流が成長している。

2.論点整理
(1)地平融合の基本図式:
ガダマーの哲学的解釈学を巡る論点を整理すれば次のようになる。先ず解釈者とは解釈主体を指す。主体意識は「地平」に対応し、客体存在は「真理」と呼ばれる。つまり主体意識/地平vs客体存在/真理はそれぞれ対概念をなし向かい合っている。1.(4)の対話/経験はこの関係を指す。これは事前の静的な状態を表している。次に主体意識vs客体存在の相互作用を通して地平vs真理の「融合」が現象化される。この移行は事前から事後への動的な変化を示す。事後は事前と同じ静的な状態に戻るがこの「新しい地平」は疑いもなく進化している。ここで「理解」は存在に対する意識のあり方であり、「解釈」は客体に対する主体の態度である。ガダマーは批判に備えて比喩的な表現や文献事例を援用しその全貌が掴みにくいが基本図式は上記のようになる。
(2)地平の含意:
但し次の補足説明は必要である。「地平」には視野、基準、感覚、感性、認知、意識、思想、考え方、価値、判断、評価、規範、前提、存在などのさまざまな意味が込められている。前節ではこれを主体意識とした。しかしガダマーは客体存在/真理をも地平として前者を「第一の地平」後者を「第二の地平」とし、さらに事後の状態を「第三の地平」としている。「地平融合」とはこの「第三の地平」に至る過程を指している。これは将しく弁証法の正反合に対応している。本サイトではこのような分析的な手続きは割愛していきなり「意識の拡大」「認識と存在」「梵我一如」などと呼んでいる。前節で地平をあえて主体意識と対応させた理由はこの意識/認識との絡みによる。
(3)真理とは何か:
「真理」は「地平」と並んでガダマーを理解するうえで鍵概念となる。真理に関しては古来さまざまな捉え方がされてきた。「対応説」は言明と世界の一致を「整合説」は言明と帰結の無矛盾を「合意説」は議論への参加者の合意を「明証説」は意識を規準にして体験に真理を見るものでフッサールにその典型が見出される。ハイデガーは前期において人間と世界の全体性を後期において根源性の根底に非真理を据えてこれをニヒリズムの本質として西洋形而上学の全面的な再考察に取り組んだ。
ガダマーは1.(5)に示すように「理解」困難なテクストの著者からの「『真理』要求」としている。この場合の真理とは古典、聖書、歴史、法律など解釈の対象となるべき文化的な事物一般を指す。さらに著者を自然と読み替えれば対象は森羅万象にまで及ぶ。時代文脈からいえば「真理」と「地平」は「情報」の発信元と受信先にそれぞれ相当するので読者の側にもそれなりの情報整理力が要求される。「解釈」や「理解」はこの情報整理力としての「事前の地平」に大きく依存する。
これらを踏まえてガダマーの場合を再確認すれば次のようになる。2.(1)(2)で述べたように主体意識が「地平」に相当しこれを「第一の地平」と呼ぶ。客体存在が「真理」に相当しこれを「第二の地平」と呼ぶ。両者の統合が「新しい第一の地平」に相当しこれを「第三の地平」と呼ぶ。「地平融合」とはこの三者にわたるモジュール化手続きを指す。つまり外的世界を反映すべく内的世界を再編成する脳内営為が「地平融合」である。これは短く「真理の内部化」と呼べよう。ガダマーはこの反復過程を「解釈学的循環」と捉えているが始点や終点については触れていない。一方、原始仏教では始点を「一切皆苦」とし終点を「涅槃静寂」と教えている。ちなみに「地平と真理の関係」は釈迦入滅時の教え「自灯明法灯明」に明示される。この文脈を踏まえると「地平」vs「真理」の関係は「自」vs「法」の関係に相当する。つまり「地平融合」は最終局面において「自灯明」に解消される。これは人間原理では自己反省(introspection)や蝶夢と同義であり、図csm宇宙ではBがSに解消された姿といえる。
(4)真の問いを発するとは:
「真の問い」を発するとは”理解困難なテクストの著者からの「真理要求」に対面するとき”に対応している。「真の問い」は「正しい問い」ともいわれ「偽りの問い」や「贋の問い」の対義語である。これは答えがなかなか見つからない問いを意味する。具体例として「宇宙論」や「進化論」とはいうが「宇宙学」や「進化学」とはいわない。つまり仮説と真理の境界は誰にもよく分からない。この非真理や反哲学をも併せ認める茫漠且つ混沌とした立場は「空」思想という。哲学で取り上げる根源的主題は抽象度が高く議論がなかなか収束しない。それにも拘らず問い続けねばならない。WH疑問文/6W2Hでいうwhyがそれに相当する。この文脈からいえば入学試験の問題は正解があるのですべからく「偽りの問い」になる。仮相における「偽りの問い」に対しても「正しい答え」を返し続けない限り実相としての「真の問い」には至らない。この「正しい応答関係」により「解釈学的循環」に「正しく入り込むこと」ができるとガダマーはいう。蛇足ながら真理に至る方法は2400年前に原始仏教として懇切丁寧に説かれている。それは「四諦」における「八正道」である。蛇足ながら「真の問い」とは「自問自答」つまり倫理観にほかならない。

3.教訓的結語として
(1)人間の基本的な存在様式としての「地平融合」:
ガラパゴス諸島におけるダーウィンの体験が進化論として結実したように、解釈者の地平は外側の出来事により当初は動揺を余儀なくされるが、やがて地平の内側が再編成されて認識可能になる。これはカルチャーショックと呼ばれ程度の差を別にすれば誰もが日常的に経験する理解/解釈プロセスである。この文脈をガダマーは「地平融合」と呼び人間の基本的な存在様式とみなした。
(2)「影響活動史」から東洋的世界観へ:
「影響活動史」はガダマーの用語で ”人間は歴史的な影響によって形成された伝統や先入観といった有限な状況に投げ出されている” とする主張である。つまりガダマーは「第一の地平」における伝統や先入観に対して固有の文化や個性として積極的な意味を与えている。これは荘子における「無用の用」的な世界観並びに仏教的な独我論と整合するとともにガダマーが「偏見の哲学」と呼ばれる所以である。「老荘思想」「梵我一如」「自灯明法灯明」などについて当事者側からの明晰な自己主張なしに文明を巡る相互理解は期待できない。これがガダマー解釈学から導出される結論となる。
(3)実践的な哲学の確立とソクラテスへの回帰:
ガダマー解釈学の立場によれば実践的な哲学の確立なしに現代における哲学的課題の克服はない。これは硬直化した近代哲学から実践哲学としてのソクラテスへの回帰を示唆すると考えられる。さらに哲学と科学の分裂についてガダマーは科学的な方法は哲学的な真理を保証するものではないという。この指摘は「神我系」の論旨と符合するのみならず漂流状態から抜け出せない地球社会の現状に照らして意味深長である。文明や価値観自体が問われている現実に気づくべきである。

4.参考資料
(1) ハンス・ゲオルク・ガダマー (Wikipedia)
(2) ガーダマー・ホームページ
(3) 解釈学 (Wikipedia)
(4) ニーチェ用語集
(5) デカルト用語集
(6) 哲学用語集
(7) 『岩波哲学・思想事典』  廣松 渉ほか編 岩波書店
(8) 『哲学事典』  林 達夫ほか監修 平凡社
(9) 『哲学・芸術・言語』  ハンス-ゲオルク・ガダマー著 斎藤 博ほか訳 未来社
(10) 『真理と方法』  ハンス=ゲオルク・ガダマー著 轡田 収ほか訳 法政大学出版局
(10)-2 ガダマー『真理と方法』第U巻 (法政大学出版局) 要旨
(11) 『テクストと解釈』 H-G.ガダマーほか著 轡田 収・三島 憲一ほか訳 産業図書
(12) 岩波現代選書 88 『哲学の変貌』 ガーダマーほか著 竹市 明弘編 岩波書店