電脳経済学v3> f用語集> cf カーボン・フットプリント (Carbon Footprint) (当初作成:2008年02月23日)(一部修正:2008年02月25日)(一部修正:2008年02月28日)(一部追加 4.(3):2016年08月30日)

1. はじめに
カーボン・フットプリントという用語を最近よく耳にする。一方、本サイトではすでにエコロジカル・フットプリントを取り上げて詳述している。両者に共通するフットプリントとは何を指すのか、カーボンとエコロジーがどう絡むのかなどについて時代文脈を踏まえて考察を加える。
先ず両者に共通するフットプリントの訳語は「足跡」となるが仮にCarbon Footprintを「炭素足跡 」と直訳しても意味不明瞭である。次に確認すべきはフットプリントを巡る議論は以下の歴史的事実が契機となって展開されている点である。つまり産業革命以降の経済活動はその動力源の大部分を化石燃料に依存してきた。その結果として炭素循環過程における炭素の形態と分布が著しく乱され気象変動をもたらし延いては地球生態系の維持並びに人類の存続をも脅かすに至った。ちなみに炭素循環過程は代謝モデルの原型である食物連鎖過程の別名であるがこれについては下記3.(1)に示す。
カーボン・フットプリントの命名はエコロジカル・フットプリントにおける次の比喩が踏襲されている。もともとエコロジカル・フットプリントの名称は人間の経済活動が生態系を踏みつけた足跡という意味を込めた比喩から名づけられた経済分析手法を指す。フットプリントの主張は自然に対する人間の介入が本来の状態を乱したとするもので基本的スタンスはカーボンが原因物質でありその結果がエコロジーの撹乱となる。さらに言えば後述のように両者はミクロとマクロの対応関係をなす。両者共にその構想の源流は英国の環境/財務/大学関係者に由来している。その根底には創世記における楽園喪失に至る人類の堕罪思想が窺える。

2. ニコラス・スターン博士の論点
カーボン・フットプリントが注目されるようになったのはNHK BS1で2008年1月2日(水)pm10:00-12:00に放映された『未来への提言スペシャル 地球温暖化に挑む』第2部 経済学者ニコラス・スターンにおける問題提起が発端となっている。同番組案内によるとその要旨は次節のようになる。なおニコラス・スターン博士は2006年11月28日の地球環境国際シンポジウム『気候変動と経済』-経済の視点から地球温暖化を考える-において基調講演を行っている。
ニコラス・スターン博士は英財務省の依頼で温暖化が世界経済に与える影響を試算した「スターン・レビユー(気候変動の経済学)」の著者で元世界銀行チーフエコノミストである。このまま対策をせず、CO2が増加していった場合、世界経済が被る損失は「世界大戦並み」になると予測する。最も甚大な被害に見舞われるのは、アフリカなど貧困に苦しむ途上国、食糧不足による飢餓や感染症の増大を懸念する。「いま対策をするほうが、予測される損害より安くつく」と訴える博士から、私たちに何ができるのかを聞き、「低炭素社会」への道筋を探る。(聞き手:環境ジャーナリスト 枝廣淳子:ノーベル平和賞ゴア氏の「不都合な真実」の訳者)
スターン・レビュー日本語要旨によれば気候変動に関する共通目標を達成するためには以下の主要素を含む国際的枠組み構築が不可欠となる。@排出権取引き、A技術協力体制、B森林伐採を減らすための対応策およびC貧しい国に対する支援策。なおスターン・レビユーが欧米で評価されている理由は経済的対策費用がGDPの1% 約50兆円相当額で解決可能と具体的な数字を提示した点にある。ポスト京都議定書におけるイニシアティブの行方を前記枠組みとの絡みで注意深く見守る必要があろう。

3. カーボンに関連する用語説明
(1)炭素(carbon)
炭素は元素記号C、原子番号6で表される非金属元素の一種で、天然の遊離状態ではダイヤモンド、石炭、黒鉛などの同素体が存在し、近年新たな単体としてフラーレンやカーボンナノチューブも発見された。二酸化炭素(通称:炭酸ガス)や炭酸塩などの無機化合物として広く自然界に存在するとともに炭水化物、炭化水素などの有機化合物として生物体の重要な構成成分をなしている。地球上の岩石圏、水圏、大気圏並びに生物圏を巡る炭素循環の全体像を炭素循環過程と言う。これを生物圏における生態的地位関係に限定するとき食物連鎖過程と呼ぶ。ただし両者の区別は必ずしも厳密ではない。
(2)炭酸同化作用(carbon dioxide assimilation)
植物が根から吸い上げた水と空気中の二酸化炭素を結合して炭水化物を合成する作用でこのとき植物は自身の葉緑素を触媒として太陽からの光エネルギーを固定すると同時に酸素を排出する。炭素同化作用とも呼ばれるが近年では光合成作用の呼称が正式とされる。下記の化学反応式(a)において光合成作用は右向きで炭水化物の燃焼作用は左向きとなる。ちなみに化石燃料も地質時代における生物体の地下堆積物でありその燃焼反応は左向きに進む。
         6CO2+12H2O+光エネルギー⇔C6H12O6+6O2+6H2O…………(a)
(3)バイオマス(biomass)
ある時点で特定の地域内に存在する生物体の総量で生物(bio)と質量(mass)の合成語。生物エネルギーあるいは生物資源の意味で用いられる。しかし植物が占める質量は動物や微生物に比較して圧倒的に多いので通常は植物体総量を意味する。なかでも土地生産性の高いユーカリなどの熱帯森林並びにコーンや大豆に代表されるプランテーション栽培作物などの化石燃料代替植物がその対象として意識される。
(4)カーボン・ニュートラル(carbon neutral)
植物は根から吸い上げた水と空気中の二酸化炭素を結合すると同時に太陽からの光エネルギーを固定する光合成作用により炭水化物を合成する。これをバイオマスと呼ぶが、このバイオマスをエネルギーとして利用すると再び空気中に二酸化炭素を排出する。この関係は前記(2)の化学反応式(a)に⇔記号として示す通りである。この一連の過程を通して二酸化炭素は総量において増減がなく、これをカーボン・ニュートラルと言う。これはバイオマスが二酸化炭素収支面からゼロサムとする立場で一方の化石燃料はカーボン・ネガティブを与件としている。蛇足ながらカーボン・ナチュラルの用語法も見受けられる。ナチュラルは”自然状態の”を意味するので反対語は”人為介入による”場合を指す。ポジティブ、ニュートラル、ネガティブは何れも後者の結果に対する評価態度を表している。文化はポジティブが前提となる故に環境問題の含意は重大である。
(5)カーボン・オフセット(carbon offset)
人間の経済活動や生活による「ある場所」での二酸化炭素の排出量を植林事業などによる「他の場所」での二酸化炭素の吸収量で「相殺する考え方」をカーボン・オフセットと言う。化石燃料の使用に伴うカーボン・ネガティブを植林事業などで相殺する考え方。なおエコロジカル・フットプリントにおける需要量算定はカーボン・オフセットの考え方に拠っている。
(6)カーボン・ポジティブ(carbon positive)
人間の経済活動や生活による「ある場所」での二酸化炭素の排出量より植林事業などによる「他の場所」での二酸化炭素の吸収量の方が多い場合をカーボン・ポジティブと言う。空気中の二酸化炭素総量を減少させる追加的な植林事業や砂漠緑化などの植生被覆を通して炭素を固定する前向きの活動を指す。
(7)グローバル・カーボン・プロジェクト(the Global Carbon Project: GCP)
炭素循環などの地球環境維持に必須の課題を取り扱う国際共同プロジェクトのこと。生物物理学と人間的次元およびそれらの間の相互作用とフィードバックを含むグローバル炭素循環についての包括的な政策提示を目的とする。カーボン・ポジティブ政策の事業化。
(8) カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(the Carbon Disclosure Project: CDP)
企業が排出する二酸化炭素排出量を公表する投資家主導になる取り組み。各企業が気候変動対策戦略を構築するに際して政府規制に伴うリスク/チャンスを評価するために排出量調査結果が定期的に公表される。「炭素の管理」が国際関係、公共政策、市場、家計などを整合的に結合する好例として注目されている。
(9)排出権取引き(Emissions Trading: ET)
二酸化炭素など温室効果ガスの排出枠を国や企業の間で取引きすること。政府が各企業に排出枠を割り当て過不足分を企業同士で売買する「キャップ・アンド・トレード」方式の取引制度をEUが05年から域内で導入。過去の排出実績を基準に排出枠を割り当てるためにそれまでの削減努力が反映されない難色がある。排出権と排出量はほぼ同義である。数年内に東京証券取引所において排出量市場を創設すべく準備が進められている。
(10)炭素税(carbon tax)
環境税の一種で二酸化炭素の排出を減らすために石油・石炭・天然ガスなどの化石燃料に課す税金で日本では賛否両論があるが、欧州では北欧を中心に8カ国ですでに導入されている。

4. 考察と結論
(1)エコロジカル・フットプリントの要点:
エコロジカル・フットプリントの基本的な考え方を簡潔に示す。先ず地球上の生産的な土地面積を算定する。次にそれをある時点での世界人口で割る。そうすると一人当たりに必要な土地面積が得られる。産業革命以降は世界人口が急速に増加したので土地に関しては需要に比較して供給が不足する。正確に言えば土地の供給は一定だからその増大する需要を満たすことは出来ない。そこで需要の増加分は化石燃料に代表される地下資源に依存した。つまり平面的な土地を立体的に開発して利用した。その結果として人類が現在の生活を続けるには地球が1.23個(日本の場合は2.4個)必要となる。つまり23%は地下資源からの過剰収奪(日本の場合はそれの輸入に依存)となりこの値は累積する。土地需要の約半分は過剰二酸化炭素の吸収に当てられるので炭素の管理が現実的な対応策として要請される。この理念型方法論は地球系の基本枠組みを与件として定量的に分析して人々の意識改革に訴える接近法である。先にマクロと呼んだ根拠はここにある。エコロジカル・フットプリントは国別需給均衡へ向けたソフトランディングに指標を与え、一方下記のカーボン・フットプリントはそのバックキャストに道筋を示す。なお現状ではエコロジー状態を直接的に数量化する方法はないがエコロジカル・フットプリントは炭素の需給関係解明を通してその定式化を狙いとする。
(2)カーボン・フットプリントの要点:
カーボン・フットプリントの場合はさらに具体的かつ直接的である。炭素であれ二酸化炭素であれ計測・追跡・集計は技術的に可能であるので管理や擬似再現もまた理論上は可能である。これは企業や家計の炭素発生源を対象とするもので現実に炭素税を課している国もある。この政策型方法論は現実化可能であるが合意形成にはさらなる理論的妥当性が求められる。先にミクロとした理由はここにあり、両者は結合可能であり、それには内展開と外展開の思考方法が有効と考えられる。プットプリント概念の結論は今後の地球社会において「炭素の管理」と「貨幣の管理」が連動処理に向うとの予見にあり、これは物質循環を基軸とする地球規模での管理社会化を意味する。これには両フットプリントを統合した行動規範の社会的承認並びにその現実化へ向けた方法論の確立が要請される。
(3)エントロピー法則との関連:
次にカーボン・フットプリントとエントロピー法則との関係について述べる。大気中の二酸化炭素増加は地球熱機関の視点から何を意味するだろうか? 先ず太陽光は大気中を通過するとき二酸化炭素に吸収されるので地球表面に到達する日射量が減る。つまり低エントロピーの上質エネルギー供給が減れば地球上の植物生育にとって著しく不都合である。
一方、エントロピー処理の最終局面は熱を宇宙空間に放出する過程であるが、熱が大気中を通過するとき二酸化炭素に吸収されると大気の温度が上昇する。大気中に拡散した熱エネルギーは利用不可能となりエントロピー法則はこれの熱力学的表現に外ならない。エネルギー代謝は本来このエネルギー供給(エネルギー入力)とエントロピー処理(エネルギー出力)の統合概念を指す。
大気で包まれた『地球系の内部恒常性維持』は開放定常系が前提となる。開放定常系とは廃熱(エントロピー)と太陽光(エネルギー)が安定的に出入りしている状態を指す。この対極の状態は閉鎖系に相当しエントロピーとエネルギーの出入りが遮断されれば地球系は早晩熱死を迎える。環境問題の本質は病気と同じで早期に発見して手当てすれば大事に至らない。スターン・レビューはこれを「気候変動と経済」の視点から警告している。
(4)代謝モデルとの関連:
最後にカーボン・フットプリントと代謝モデルの関係は次の通りである。カーボンは代謝モデルにおける「廃物」の一種と考える。つまり代謝モデルにおける廃物はカーボンと読み替え可能である。したがって「炭素の管理」あるいは「低炭素社会」の用語法に違和感はない。なぜなら廃物とは変換系の定義により生産に伴い不可避的に発生する負の生産物であり、これの極小化は自明である。
代謝モデルにおける分解系は化学反応式(a)において右向きに相当し、同様に生産系/消費系は左向きに対応する。つまり図d10象限象限を時計回りに巡る物質循環と捉える。これはまた図b52にも示している。化学反応式(a)はまた炭素が水、酸素、炭水化物、エネルギー、エントロピーとセットとして捉えられるべき点を告げている。これを具体的に述べれば式(a)は光/熱の変換過程に相当し、ここで炭素と水はともにエネルギー/エントロピーの担体(carrier)の役割りを果たしている。

5. 参考サイト
(1) NHK オンライン BS特集 未来への提言
(2) 地球環境国際シンポジウム「気候変動と経済」
(3) 地球温暖化防止 企業の戦略的アプローチ
(4) 持続可能な社会と金融CSR:気候変動と経済(スターン・レビュー)
(5) 正月番組「温暖化」 環境問題スペシャリスト 小澤徳太郎のブログ
(6)
ポートフォリオ・・ニュースフラッシュ
(7) 翻訳者のつぶやき | エコロジカル・フットプリント、カーボン・フットプリント
(8) EICネット[環境用語集トップページ]